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人間拾いました。

私の住まう家は一戸建てだ。

私がバリバリのサラリーマンで愛する家族のためにローンで購入しましたと言うわけではない。

残念ながら私は女で、田舎の零細企業の事務員をしているのでたかが知れている給料だ。そして家族もいない。いい歳だが子供もいなければ結婚もしていないし、果ては両親も居ない。親戚はいるにはいるが遠戚で連絡先を知らない。

所謂天涯孤独、と言う奴なのかも知れない。最初から孤独であったわけではなかった。祖父母こそ居ないけれども両親は二人とも健在で3人で仲良く暮らしていた。しかし残念なことに事故で両親が他界してしまった。今、私が住むこの一戸建てを遺して。

私が住むここらはとても田舎だ。お隣さんは歩いて一分なんてあり得ない。少なくとも歩いて5分。一軒一軒の土地が無駄に広くて、多くの人がそれを持て余している。田舎なので土地自体に価値があまりなく、売却した所で良い金にはならない。結局放置、という状態である。家もそうだ。父が頑張って働いて買ったこの家は、一人で住むには広すぎる。しかし残念なことに、きっとこれからも人が増えたりすることはない。

私は奇跡でも起きない限り結婚は出来ないだろう。と言うのも物臭で面倒くさがりな性格、それに起因して最低限の身だしなみしか整えないこと、暗い性格、イマイチな顔。誰がこんな女を嫁に貰おうと言うのか。私が男だったら断固お断りする。

恥ずかしながら今より若い時は恋というものに憧れをもっていた時期もあったが、手痛い仕打ちを受けて身の程を知った。手痛い仕打ちは思い出すだけで泣けてくるので触れないでいただきたく。誰だって醜い泣き顔なんて見たくないでしょ?

まあそんな感じで普段は家と会社とスーパーしか行かず、休日は家でゴロゴロしたりネットショッピングをしたりと、見事に堕落した生活を送っていた。


そんな生活は、たった一つの異変でがらりと変わる。


***


私の家の周りには私の家以外に誰かが寄りつくようなスポットはない。つまり私の家の周辺に来る人は家に用事がある人、郵便配達や黒ネコさんだったり飛脚さんだったり。ご近所づきあいが薄いため、見事に人が寄りつかない。

だから、その存在は異質だった。いや、仮にここが人気の多い場所であっても異質だっただろう。

その存在は、人であった。時刻は夜と言っていい時間で、明かりのないここは薄暗い。その薄暗さでも人であることは判別できた。場所は家のすぐ近くにある巨木の根っこ。力なく座っている。

顔は伏せていてわからないが、背恰好からして若い男の人。しかし異様に痩せている。骨に直接皮が張り付いているような細さ。そんな印象を持った。

服装はワイシャツにズボン(スーツっぽい?)で、所々土が付いていたり濡れていたりと汚れている。僅かに動いているから死んでいるわけではないらしい。

疑いようもなく怪しい。怪しいと言う言葉がこれほどピタリと当てはまる事象は中々ないだろうと思うほど怪しい。普通、これほどの不審者を見たら警察に通報すべきなのだろうけど、私は物臭だ。そして面倒くさがりだ。

私は、時が解決してくれることに賭けた。

そして何事も見なかったかのように、さあ夕食の準備をしようと家に入ろうとしたときだった。


ぐぅー


仮にここが車の通りの多い所だったら聞こえなかっただろう。人の喋り声でかき消されてしまいそうなほどに弱々しい主張がある一点から聞こえてきてしまった。それにしても何とも控えめなこと。食い意地のはった私の場合、地底から呻く獣の如く獰猛な音が鳴り響くのに。

生命の主張をする不審者の方を見ると、音を聞いたせいか余計に細く見えてきた。先ほど時に賭けた決意が揺らぐ。うーん。

右手に持っていたエコバックには帰宅前に寄ってきたスーパーで買ってきた食料品やらが入っている。その中にあった安売りをしていた紙パックのジュース、ではなく安売りをしていたチーズ蒸しパンを掴んだ。

そして恐る恐る不振人物の手元に向かって投げた。ナイスなコントロールによってそれは思惑通りの場所へと落ちる。彼はゆっくりと手元にあるチーズ蒸しパンを見つめると、ゆっくりとそれを手に取り、ゆっくりと封を切ろうとした。全ての動作が極めて緩慢で、力が出ないどころか無いのではないだろうか。案の定、封を切ることが出来ずにいる。

それを遠くから見ていた私は思わず彼に近づき、チーズ蒸しパンの封を開けてやろうとした。そうしたら彼は思い切り身体を強張らせた。それに気付いた私も歩みを止める。彼は身体を動かそうにも動かせないように見える。

あれ、これまるで私が不審者じゃないか?おかしくない?不本意な状況に若干ムッとした私は再び歩み始めた。


「な、なにもしないです、よ~。」


いかにも何かしそうな人の台詞だが、私はこの不審者に手出しをするつもりはない。本当である。

先ほど身体を強張らせた時に転がり落ちたチーズ蒸しパンを手に取って封を開け、袋から中身を半身覗かせた状態で彼に突き出した。相変わらず身体を強張らせた、先ほどより近くに居る彼は少し息が荒くなったようだ。

私が近くに来たから、か?そりゃあ確かに不審者さんの肉がほとんどないような身体と比べたら太ましくて威圧感があるかもしれないけれども、それはあなたと比べたからであって、その、えっと……変な見栄は止めよう。怠惰な生活は身体にも直結する。

まあそんなことは置いといて、完全に形勢逆転したこの状況だが、私は変わらずチーズ蒸しパンを突き出したまま静止していた。どのくらいたったかわからないが、そろそろ筋肉のない代わりに脂肪が付いている腕がぷるぷると震えそうだ。彼は、先ほどより息が落ち着いてきたような気がする。

そして、若干ぷるって来始めた時だった。目の前の不審者がゆっくりと動き出したのだ。しかし、手ではなく上半身だった。ゆっくりとゆっくりと、顔をチーズ蒸しパンに近づけていく。そして、食べた。

それを見たとき、私の心を巡る感情は言うなれば警戒心剥きだしの野生動物を手なずけた達成感に満たされていた。ゆっくりと、だが確実に私の手の中にある私の胃の中に収まるはずであったチーズ蒸しパンを食べていく。

漸く中身が無くなったパンの袋を持つ手は一つから二つになっていた。空の袋を適当に折りたたんでエコバックの中に放り投げると、折りたたんだ甲斐もなく開いてしまっていたが無視する。

目の前にはまだ口の中にあるチーズ蒸しパンを咀嚼する不審者。顔は見えないままだったが、さっきより身体に力が入ってきたのがわかる。


「電話、貸そうか?」


声を出した瞬間、不審者は身体をビクッとさせたがすぐに力を抜いた。そして軽く首を傾げる。


「家の人、とか。友達とかに連絡したほうが良いんじゃない?あと、ここらへん交通手段が限られているから、迎えに来てもらう、とか。」


この不審者は明らかに、ついさっきここに来ましたなんて出で立ちではなかった。数日間、下手したら一週間近く放浪していたような、そんな感じがする。きっとお身内の方々は心配しているだろう、そう思ったのに。

さっきまでの緩慢な動きが嘘のように思い切り首を左右に振る不審者。強い拒絶の現れ。訳ありなのだろう。きっと、面倒事だろう。私の嫌いな、面倒事。なのに、


「……私の家、一人暮らしには広いくらいなんだ。」


何を言おうとしているんだ自分。


「うち、来る?」


ゆっくりと頷く目の前の人を見て、少し嬉しく思ってしまったのは『面倒』を庇護欲が上回ったから、かもしれない。




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