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さあさあ、やってきました、森の中へ。
昼休みになると直ぐに食堂へ駆け込み、掻き込む様に食事を終え、何時ものを剣を片手に意気揚揚と森へと入ってきたのだが…
「いねー」
あれから森の奥へと進み、獣道を探したり、昨日出会った場所へ行ったりと森の中をグルグルと探し回ってはいるが一向にワータイガーと遭遇することは無かった。
途中、ラットラビットと赤い毛並みを持つ狼型の魔物であるレッドウルフを狩ってはいるが、当初の目的であるワータイガー会うまでは狩りをやめることもできずに他の奴等に持っていかれない様に藁に包み、一時的に土の中に埋めてある。
「昨日の件でアイツ等も警戒してるのか?たくっ、こんなことなら無理言ってリンを連れて来れば良かったか…」
リンは探索・治療など補助的な魔術に才覚を持っているために彼女を森に連れてきていれば目標を探すのも楽であっただろう。
「まぁ、無いものねだりだな。喉も乾いたし休憩するか」
僅かな喉の痛みにあれから結構な時間が経っていると予測する。
一息入れるために、この森唯一の湖へと足を向ける。
慣れ親しんだ森であるから、村の方角や自分が今何処に居るのかなどは大体わかる。その為、迷うことなく湖の麓まで直ぐに辿り着く。湖は中々の大きさで底がはっきりと見えるその水の透明度や、自然と魔力が溜まる場所として、ここらではちょっとした有名スポットである。
「さてさて、水も飲んだし、ちょっくら休憩しますかね」
そう呟くと、近くにあった大木の幹をよじ登り、そこから延びる枝に体を預ける。
地べたで休むのも良いのだが、突然魔物に襲われた時に後手に回ることになるので、森で休むと言えば、この様に木に登るのが普通なのである。
「お、動物達は普通にいるのな」
暫くすると、この森に住む動物や小さい魔物などが湖に集まり、其々が思い思いに腰を休めだす。
「これは、ここで待ち構えてたら、こいつ等を狩りにワータイガーとか大型の魔物も来るかもしんないな……、よし!」
この後の動きを決めると剣を手に持ち、何時でも下に飛び掛かれるように体勢を変える。
その時だった。
「なっ!?」
全身をゾワリと撫でまわす様な不快感とともに人の気配を感じる。それとともに湖の周りにいた生物は一目散に森の奥へと姿を隠す。
―――だ、誰だ…。
唾を呑みこみ、手に持つ剣を再度強く握り締め、気配を感じた方向に眼を向ける。
―――魔物にしてはこんな気配感じたことないぞ。この森の主かなんかか?
息を潜め、一点を凝視していると、草木が動き、藪の中から“ソイツ”が現れる。
それは太陽の光を反射しているかのように輝く銀の髪を持ち
それは全てを見透かすかの様な深い緑の瞳を持ち
それはこの世になんの興味が無いかのような無表情を浮かべ
そして―――それは魔人の特徴である魔核と呼ばれる結晶が額に紅く輝いていた。
魔人―――魔族の中でも人型の容姿を持ち、他の魔族よりも高い知能と強大な魔力を持つ者達。ほとんど人間族と見分けのつかないヤツ等もいるが見分ける方法とすれば、魔人には魔核と呼ばれる宝石の様な塊が体の何処か埋め込まれている。
これは【魔人の心臓】とも呼ばれ、その名の通り、強大な魔人の魔力をその体内に循環させる機能を持ち、破壊されれば死に至るとまで言われている。
魔族の住む大陸―――シリウスから動くことなく、世界大戦後その他の大陸でその姿を目にすることは無くなった。他の種族には文献や言い伝えで知られているだけとなった。
「……!!」
あまりの衝撃に叫びそうになる口を慌てて、押える。
―――あれ、前にカイル先生が言ってた魔人って奴だよな…。な、なんでこのアルファルドに…、いやいや、なんでこの森にいんだよ!
ラグナの疑問を余所に、その魔人の女は湖の周りをグルリと見渡すと、ラグが身を潜める大木の近くまで来るとおもむろに着ていた服を脱ぎだした。
「…っ!!!」
姿を見たとき以上の衝撃に声にならない音が口から出てしまう。しかし、なんとか気づかれることはなかった。
―――あ、あぶねー。つうか、マジかよ。いきなりなんだ、この状況。
慌てるラグを置いてきぼりに状況は更に進み、遂に魔人の女は裸になる。
―――く、細かい小枝や葉っぱが邪魔だ。
魔人への驚きなどいつの間にか消え去り、たとえ魔人であろうが見た目は絶世の美女であり、そんな相手の裸を覗けるということに頭の中は独占される。ラグナも年頃の男ということだろう。
―――も、もうちょい。
視界を邪魔する障害物を払う様に、枝の先へと体を動かす。
その時、その魔人にもラグナ自身にも予期せぬことが起きる。
「へ?」
「なっ!?」
ゆっくりと魔人の近くまできた所でラグナの乗っている枝がボキリと根元から折れたのだ。
重力に従い、そのまま落ちるラグナと音がした上を見上げた魔人の声が重なる。
さらに二人にとって予期せぬことは続く。
落ちた拍子に本能的に持っていた剣の切っ先を地面に向けたまま両手で握りしめるラグナ。上を見上げたまま硬直してしまう魔人。
そして、ラグナの持つ剣の切っ先はそのまま吸い込まれるように、真人の額で輝く魔核へと突き立てられる。
魔核というのは【魔人の心臓】と言われるだけあり、魔人にとってそれの破壊は即ち死へと直結する。そのため、本来その強度は、魔核より硬いモノなど無いと言わしめるほどである。実際に過去の文献を引っくり返してみても、魔核を壊すことで魔人を退けたという事例はない。
しかし、この時アルファルド辺境の森の中でバリンッと大きな音をたて、その紅く輝く魔核は粉々に砕け散ったのであった。
「ぎゃー!!」
瞼に薄らと涙を浮かべ、無様な叫び声を上げながら、ラグナはそのままの勢いで地面とキスをすることになる。
そして、そのまま状況を確認することなく意識を手放した。