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 四大陸が一つアルファルド大陸のフォード国にある辺境の森の中。

そこは自然に溢れ、モンスターも大人しいモノしか生息しておらず、そこに住まう動物達も平和に暮らしている。

その一角に一匹のラットラビットを咥えたこの森では食物連鎖の上位に入るワータイガーがノソノソとゆっくりな足取りで歩いている。

ラットラビットはウサギ型のモンスターで草食獣の一般家庭でペットとして飼われるほど、大人しいモンスターである。ウサギとの相違点では目が蒼く、普通のウサギの2倍の大きさであるくらいだ。

其れを口に咥えたワータイガーは大型の肉食獣型のモンスターで大人一人よりも更に大きく、頑丈で長い前歯を持っているのが特徴である。

この森の中では彼に勝てる動物やモンスターも微々たるもので今も我が物顔で縄張りである住処を目指していた。


「きたぞ」

「ちょっと待ってくれ、札に魔力がまだ溜まってない」

「なんだよ。急げよ、もう行っちまうぞ。だから、無理に四級を使おうとしないで、五級で行こうって言ったじゃないか」

「馬鹿言うなよ。大物取りなんだぞ。五級程度じゃ、表面しか焼けない―――よし、できた!」

「よしゃ!行くぞ!」

 ワータイガーが歩いている獣道から少し離れた藪の中でコソコソと話声が聞こえる。良く見れば獣の毛皮を被った二人組が見える。

一人は古びた銅製の剣を片手に目標の動きを監視し、もう一人は地面に置かれた紙切れに両手を当てていたが、掛け声と共に剣を持っていた人物が毛皮を脱ぎ捨て、藪から飛び出す。

その姿を視界に入れたワータイガーは咥えていたラットラビットを放し、突然現れた外敵を迎え撃つか、逃げ去るか一瞬躊躇する。

通常、この森のモンスターのランクは最低ランクであり、そこに住まうモンスター達は人間に対して酷く臆病なのだが、この森の中で最高ランクの強さを誇るワータイガーには折角捉えた獲物を横取りされるのは自身のプライドが許さなかった。それが一瞬の躊躇を生む。まさか、自分自身が“獲物”として見られているとは思いもせずに。

「ロク!やっちまえ!」

 飛び出した青年の呼び掛けに反応するように藪の中から小さな光が発生する。

そして、それは一本の火柱となり、生き物かの様にワータイガーへと向かう。

剣を持った青年に注意を向けていたワータイガーは動くこともできずに火柱に捕まる。

一瞬にして、目標を包むと盛大に炎は燃え上がり、悲痛な叫びと共にワータイガーは形振り構わず地面に転がりまわる。

「大物獲ったぁー!!」

 青年は雄叫びを上げると持っていた剣を上段に振りかぶり、走り込んだ勢いと共に倒れた獲物の首筋へと振り下ろす。

刃先は深々と刺さり、ワータイガーの頭と体を分断すると地面にぶつかることでその動きを止めた。

獲物もビクンっと小さな痙攣を起こした後に完全に沈黙する。

「はぁ、はぁ。や、やった…」

「おぉおぉ!!ラグ!!!やったー!!」

 剣を地面に突き刺し、杖の様に体重を預け、体全体を駆け巡る疲労と興奮を噛み締める様に呟くと、藪からもう一人の青年が飛び出し、ラグと呼ばれた青年にぶつかる様に飛びつく。

「うあっ!馬鹿!」

 その全体重を受け止められることもできずに二人して地面に倒れ込んでします。

「やった!やったよ、ラグ!僕等二人だけであのワータイガーを仕留めたんだ!」

「わかってる、わかってるさ。ロクもナイスアシスト。しかし、すげー炎だったな。あの魔法、五級だと唯の火の玉だったろ?」

「だから言ったろ?アイツを倒すには四級を使う必要があるって!ラグだってあの頑丈な体を一刀両断だもんな!すごいよ!」

 ラグは尚も自分の上に乗っかったまま、興奮覚め止まない相棒に苦笑しながら答える。

「動いてる訳でもないし、唯地面に転がってるだけだったんだ。このオンボロでもそれぐらいはできるさ」

 そう言って右手に持ったままだった、もう一つの“相棒”を持ち上げる。

「取り敢えず、さっさと解体して、村に持って帰ろうぜ」

「ラビットのおまけもあるし、今日は御馳走だなっ!」

「だな。みんな驚くぞ」

「カイル先生に自慢ができるや!」

 相棒を立たせ、自身も起き上がると仕留めた獲物を持ち帰りやすいようにバラシにかかった。


エルト村。

アルファルド西側に位置するフォード国。その国の南側にある村の一つ。人口500人程度の村で、このフォード国南側はそのような集落が多く存在し、その中では中規模な村である。

「良くやったな!」

「すごいわ!」

「わはははっ!」

 その村の中心である広場に全ての村人が集まったんじゃないのかと言うほどの人だかりができており、村唯一の飲み屋と宿屋からは全てのテーブルが外に出されている。

皆その中心にいる人物へと声を掛ける。

ラグとロクの二人である。

二人が捕らえたワータイガーとラットラビットは村人達の手によって、様々な料理となりテーブルの上に並べられている。


「いやぁ、ロクの魔法の助けがなけりゃ、難しかったけど、俺のこの剣でズバッと一刀両断したわけよ」

「がはははっ!流石俺の弟子だ!」

「わっぷ。いやいや、俺が何時からドルフさんの弟子になったんだよ」

 村人からせがまれ、今回の話をしているうちにあの光景を思い出し、俺自身もつい興奮して話に熱が入る。

それを聞いて隣にいた加治屋のドルフさんが乱暴に肩を組んでくる。

短髪に短くそろえられた髭面で、俺をがっちりとホールドする二の腕は俺の二倍はあるんじゃないかという偉丈夫だ。

「その剣は俺が叩いた剣だぞ。ならそれを使っているお前は俺の弟子だ!」

「記憶違いだろ!その剣はとっくに折れたよ!この剣はカイル先生がくれたんじゃないか…」

「こまけーことは気にすんな!」

 その大きな掌でバチンと叩かれ、たたらを踏む。

「いててて…。あれ?ロクは…」

 顔をしかめながらドルフさんの腕から逃げ出すと相棒を探して、周りに眼を向ける。

先程まで隣にいたのにいつの間にかどこかへ行ったようだ。

「どこへ……あ!ロク!」

 相棒の姿は直ぐに見つかる。あの混じり気のない金色の頭は見つけやすい。

集団とは少し離れた場所で線の細いローブを着こんだ眼鏡をかけた人物と何やら話していたのを見て、駆け寄る。

「ラグ!いまカイル先生に今日の事を話してたんだ」

「やぁ、ラグナ君。どうやら大活躍だったらしいね」

 傍まで来ると二人が話しかけてくる。

「カイル先生直伝の魔法もすごかったですよ!」

「ロックも四級は札付で発動できる様になったのはビックリでしたよ」

「え?お前、まさか今日のがぶっつけ本番だったのか?」

「い、いいだろ。上手くいったんだから」

 カイル先生の言葉に相棒の綱渡りを指摘すると、膨れつつも言い返してくる。

カイル先生はそんな二人を優しげな眼で見ている。

このカイル先生というのは元々この村の住民という訳ではないのだが、俺等がまだ幼い時にこの村に来たらしい。話によれば、このエルト村があるフォード国の首都マルスから来たとのことだ。

それ以外の情報は一切不明だが、この村の村長の計らいで村に住む様になったのだ。

首都では魔術師として働いていたらしく、頭も良いので村の子供たちの為に塾を開くことを条件としてだが。

そんな訳で村の人々は全員カイルさんの事を“先生”と呼んでいる。俺等二人もこの村の他の子供達と同様にカイル先生の開く塾の生徒である。


「明日辺りは札付の利便性と危険性の話をしようかな」

「俺はロクと違って、魔法は苦手だから剣術を教えて欲しいですけど…」

「おいおいね。ラグナも苦手だからと言っても知識としては持っていた方がいいことだから」

「ラグは頭を使うのは苦手だからね」

「おい。それは俺を馬鹿だと言ってるのか?」

 いつもの様に取っ組み合いになりかけた所をカイル先生に止められる。

カイル先生が言う様に俺等の名前はラグナとロックである。仲良い同士にはラグとロクで呼ばれているだけだ。

性は特にない。と言うのも、他国は知らないけど、このフォード国では性が付くのは王族や貴族、それに一部の称号を得た人々だけだ。但し、村の外に同名の人がいない訳ではないので、そういう時はラグナ・エルト、ロック・エルトとエルト村のラグナ、ロックと呼ばれることもある。

「皆さん、宴も竹縄じゃが、此方に注目してもらってもよいかな?」

「ほら二人とも村長の話が始まったよ」

 この村では何かめでたいことがあれば村全体で宴会をやるのが通例で、その締めを村長の言葉であるのも通例だ。

そういう訳で取っ組み合いも一時中断して、中心に置かれた高台の上に立つ老人に眼を向ける。

「今日は村の若者であるラグナとロックが最近森を荒らしているワータイガーの討伐に成功したことを祝う会じゃが、それにより今後この村も畑の拡大と―――」

「おい、爺の話を聞いててもつまらないし、帰ろうぜ」

「そうだね。先に戻ってようか」

「じゃあ、カイル先生また明日!」

「先生、失礼します!」

「君達!」

 カイル先生の呼び止める声を振り切り、村長の話を聞いている村人達の中を掻い潜り輪の外へと出る。

「糞爺は話し出したら長いからな。どうせ皆に野次を飛ばされるまで続くだろ」

「さっきも言ってたけど、村長のことを爺って呼ぶのは良くないよ、ラグ」

「糞爺は糞爺だよ。それに―――」

「ラグ?」

 話しながらも自身等の家に向かっていたのに話の途中で立ち止まったラグをロクは訝しげに呼ぶ。

夜空に浮かぶ一面の星空を見上げた姿勢で立ち止まっている。

「ラグ?」

 そんなラグに近寄り、再度呼びかける。

「なぁ、ロク。この世界は広いんだよな」

「…?カイル先生の話じゃ、エルト村なんてもっての外だし、フォード国だってアルファルド、ましてや世界全体で視たら本当にちっぽけなものらしいよ」

 ラグの質問の意図を掴めず、依然カイルから教わった知識を思い出す。

「俺は世界全てを見てみたいな。そんでもって、強くなっていつか世界一の剣士になるんだ」

「それじゃあ、僕は世界一の魔術師だ。僕等二人で世界に名を轟かすんだ」

「あぁ」

 ロクもラグと並び星を見上げる。

 いつもと変わらない星空がそこにはあった。


王歴259年、フォード国辺境の地で、その後世界に名を轟かすことになる二人の約束は交わされた。

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