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第一話

 私は、実家から通える距離の大学に通っていた。小中学生時代の友達とはほとんど連絡をとっていないので、詳しいことはわからないのだけれど、実家から離れて暮らしている同級生はとても多いと思う。

 彼も、その中の1人だと思っていた。だって、遠い私立の名門高校に合格したのだから、当然そのまま付属の大学に入学したと、信じて疑わなかったのだ。だからもう、二度と会うことはないだろうと思っていた。―――いや、それは言い過ぎか。実家はこの辺なのだから、姿を見ることはあるかもしれない。しかしもう、言葉を交わすことはないだろうと、そう思っていた。




 息を呑んだ。昔の同級生を地元の駅で見かけることは、年に数度はあることだ。しかし、こちらから声をかけることはほとんどない。付き合いのある友達は、ごくわずかになった。しかもそのほとんどは、大学で知り合った子たちだ。今の私を見ても、つまらない奴だと思われるだけだろうし、なにより面倒臭い。自意識過剰な性格は、こんな余計なところにのみ残っている。だから、このようにたまに見かけると、気づかないふりをして、道を逸れて歩く。昔好きだった、あの人ならなおさらだった。

 彼は改札から出てくる、人波の中にいた。どうして、こんなに大勢のなかから、見つけ出してしまったんだろう。さっさと退散してしまおうとしたが、遅かった。こういう時に限って、ばっちり目が合ってしまうものだ。でも、彼の性格を考えたら、すぐに目を逸らして行ってしまうだろう。気まずいけれど、それならそれで楽だ。

 しかし、そうはゆかなかった。なんと、彼は驚いたように目をまるくして、立ち止まって私を凝視していた。そんなにじっと見つめられると、私も目を逸らせない。秒にしてみれば、実際は二秒も経っていないと思うのだけれど、私には何十秒にも感じた。急に立ち止まった彼に、後ろから歩いてきた人がぶつかって見つめ合いは終わった。ぶつかった人に、彼が頭を下げている。私はというと、もうどこかへ逃げたくなっていたけれど、ここで立ち去るのはあまりにも失礼だ。どうすることもできず、その場に突っ立っていた。しかし、彼はどうするつもりなんだろう。私は、どうするつもりなんだろう。

 人波をよけて、彼がこちらへやってくる。ああ、何も変わっていない。緊張気味の顔。あの頃のヒロだ。



---



 「ヒロが好き」

小学校を卒業したその日、私はヒロに告白した。今思えば、ほとんどが恋に恋しただけのものだったけれど、ヒロへの気持ちだけは、本当の恋だったように思う。学校が分かれた高校以降に出会った男の子を、恋に発展する前に、必ずヒロと比べる自分がいたからだ。

 ヒロとは、小学校の六年間と、中学一年生を同じクラスで過ごした。低学年のときはムードメーカーで、いつも笑いの中心にいた。高学年になっても、男女隔てなく話せる人だった。そしてその頃、彼がとても頑固で、生真面目だったことに気がついた。それに気付いた時には、もう好きだった。信頼できる人。真面目すぎて不器用なところが、好きで好きでたまらなかった。



---



 「久しぶり」

目の前に来たヒロは、緊張した顔のまま、そう言った。

「うん…久しぶり」

「元気?」

「うん」

返事しかできない私。せっかく声をかけてくれたのに、がっかりさせてしまっただろうと思った。私は恥ずかしくて、視線を落とした。しかし、彼は意外なことを口にした。

「変わってないね、夏川さん。」

「え…?」

思わず聞き返し、視線をヒロの目線に戻す。すると彼は、私をさらにびっくりさせる発言をした。

「これから、もし暇だったら…」

私の疑問は、あっさり流されてしまった。聞き返した声が小さかったから、聞こえなかったのかも知れない。でも、時間の力って凄い。あのヒロが、女の子をお茶に誘うなんて。びっくりしたのと舞い上がったのとで、すぐには声も出なかったのだけれど、そんなことを冷静に思う自分もいた。時間をかけて搾り出した私の返事に、ヒロは緊張を解いたように笑った。


 二十歳の夏。

 十二歳の私が、トントンと胸を叩いた。

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