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'000:プロローグ

 同じ時間。

 今現在このときの時間軸を共有しながら、全く別の世界が地層のように重なり合って存在しているという話があるらしい。

 バミューダトライアングルの事件や神隠し。

 それらをこちら側の人間が異界への穴へ迷い込んだ結果なのだと仮定するならば、UFOやUMAといった類のものとて、宇宙人や自然の神秘ではなく別の次元からやってきたものたちなのかもしれない。


 だが重なり合う世界は決して交わることなく、ユーラシア大陸を走るシベリア鉄道のレールのように、枕木を挟んでどこまでも平行にそれは進み続ける。

 少し視点を変えるだけですぐそばにあるというに、互いの存在を知ることもない。

 幸運にもその事実を知ることのできた人間は、元の世界に帰ることのできない不幸に見舞われるという二律背反に悩まされるのだ。


 だがその「地層」に科学力を持って穴をあけた者がいた。

 この際それが誰であるかという固有名詞は重要ではない。

 世界と世界が意思を持って混ざりあった。

 肝要な点はそこである。

 ただし案の定というべきか「誰でも」「自由に」とはいかないようである。

 異世界を行き交えるのは、世界が混ざり合うことで起きた「弊害」を取り除ける者たちの特権だった。


 これはその特権を持った「コンポーザー」と呼ばれる者たちの話である。


――・――・――


 夜景の美しい大都市。

 空中を走る車のライトが光る大河のように流れる。

 灯篭とうろう流しをデジタルで表現したかのような、どこかノスタルジックな風景がいたるところで見られた。

 山のごとくそびえ立つビルの合間を、巨大モニターが色とりどりの光を出して宙を浮かんで進む。

 その画面上にて、丸坊主の男が白い歯をきらめかせながらペットと話せるという首輪の宣伝をしていた。カラーバリエーションは豊富で、今なら無料で名前の刻印をするとさわやかな笑顔で謳う。


 猫と犬を抱えて笑う男の鼻のあたりを、けたたましいサイレンの音を鳴らしたレーシングバイクが突き抜けた。

 一旦真っ黒になった坊主頭の男の鼻はすぐに元通りに戻る。


「あれか……」


 風に大麦色の髪を激しく揺らしながらそうつぶやいたのは、少年と呼ぶにはどこか大人びていて、成年というにはまだ早い男だった。

 空中路を走る大型バイクは、心地よいエンジン音と振動を身体の芯まで響かせる。

 屈強な男のように重厚な車体は、緊急車両であることを示すオレンジの光が走っていた。

 青年はヘルメットをしていないが違法ではない。

 夜でもクリアに見えるサングラスごしに、破損した車と車内の男女、そして彼らを襲おうと車の天井を引き剥がしているうごめくもの(・・・・・・)の姿を見つけた。

 まるで真っ黒な人間のような風体だった。だが、一目見ただけで皮膚があわ立つような戦慄を覚える。

 真っ赤な目は吸血コウモリのように卑しく、やけに鋭い牙からは糊のように粘着質な唾液を滴らせていた。

 爪は車を貫通するほどの硬さと威力を持っているようで、すでに車体はスクラップ状態と見える。

 それ・・は頭を振って闇夜にかすれたような叫び声を放ち、大量のヨダレをほとばしらせていた。


 青年はそれに強い視線を送ると同時に、アクセルを左にスイッチして右腕を伸ばす。

 袖口から掌へ滑るように細く長い金属の棒が姿を見せる。

 「フォルム」と呼ばれる黒いそれは、両端が半回転を繰り返しながら何かを形作っていく。

 「組成」によって現れたのは、一振りの真っ黒な刀であった。

 

 青年がバイクのアクセルを開いて急加速すると、グォンと唸るような音と同時に前輪がフワリと浮いた。

 彼に気づいたうごめくもの(・・・・・・)が首をもたげて青年に狙いを定めるように腰を落とす。車の上から強力なバネのように跳ねて襲い掛かかる。

 鋭い牙と爪が突き立てられようとした瞬間、青年はヒュッと軽く剣を振った。

 どう振ったのかは、斬られたモノにも分からなかっただろう。

 巨大な断末魔が風を切る音に紛れ、それは霧のように姿を消した。


 前輪を跳ねるように下ろし、後輪は女の金切り声のような音を立てながら半円を描く。氷の上を滑るようにバイクを止めた。

 事態は一瞬で片がついたらしい。

 青年が刀を上に放り投げると、フォルムはカメラの連続シャッター音のような小気味のよい響きを立てて宙を一回転する。

 彼の掌に着地する頃には、またただの黒い金属棒になっていた。


「指令室、エリア2-3に発生の『ヴァイス』消滅完了」


 青年は耳の通信機を押さえてそう言った。

 バイクから伸びる足は、彼の一七七センチという身長に対してかなり長いように感じられる。

 よく見ればアゴのラインはかなりシャープで、鼻筋もキレイに通っていた。

 少し開いた革のジャケットから見える鎖骨に、男の色気を感じる女は多いだろう。


『ありがとー、私の可愛い侠輔!』

 通信機の向こうから、少々興奮気味な女の声が聞こえた。

『けど指令室じゃなくって、“エイシャ”って呼んでくれるとお姉さん嬉しいなあ』

 それに青年は一瞬声を詰まらせた。どう返答すればいいのか考えあぐねているようだ。


「完了……エイシャ」戸惑いながらのそれに、『きゃっ、エイシャうれしいぃ~!』と女の狂喜する声がした。

 加えて耳元で何度も投げキッスする音が聞こえ、青年は乾いた笑いに喉をふるわせる。


『ごめんねー、たまたまこっちにいたからって手伝ってもらっちゃって』

「困ったときはお互い様ってことで」


 遅れてやってきたパトカーの警官がこちらに向かって手をあげ、青年もそれに応える。

 車の中の男女は警官の事情聴取を受け始めた。

 あの化け物に関することではなく、違法に緊急車両用空中路を通行していた罰だ。

 あれはかなり罰則が厳しい。

 おそらく免停はまぬがれまい。自業自得ではあるが。

 通信機の向こうの女は、うっとりとしたような艶のある声を出した。


『ね、今夜こそウチにおいで~。オネエさんが日々の疲れを癒してあ・げ・る』

 彼女の果実のような赤い唇が、ゆっくり言葉をかたどるように動くさまが容易に想像できた。

 大方金髪を指で弄びながら足を組み、インカムを誘惑するかのようにセクシーな目つきをしているのだろう。

「いや、遠慮しとく」

『もー、いっつもそう言うんだからぁ。オネエさんの裸見たくないの? 自分でも結構きれいだと思うんだけどなぁ』


 おおよそこの通信機を使うのに相応しくない内容に、青年はどうしたものかと首の後ろをかいた。

 普通の男なら喜んで飛びつきそうな申し出にも関わらず、彼はそれを渋い顔で聞いている。

 もちろんエイシャなる女が、彼の実の姉というわけではない。

「悪いけど、明日も学校あるから」

『照れやさんなんだからっ、次は絶対よ! じゃ、寝坊しないように早めに向こうの世界に帰りなさいね』

「了解」


 青年は腕時計を確認すると、少々焦ったようにバイクを再び走らせ、夜の帳の中へ消えた。


誤字脱字等ございましたらご報告ください。

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