第38話 密やかな招集
アルシエルの大広場を埋め尽くす熱狂。
その中心、将軍たちの最上席に座るマリエールの姿を見て、歴戦の猛者たちは己の職分を忘れて破顔した。
彼女がそこに座っている。
その事実だけで、血生臭い戦場を生き抜いてきた男たちの心は救われていた。
「マリエール様! ああ、本当にお元気になられて……このガストン、もはや感無量にございます!」
ガストンが、その熊のような巨体に見合わぬ繊細さで、壊れ物を扱うようにマリエールの小さな手を握った。
マリエールは、初夏の太陽を思わせるひまわりのような笑顔でそれに応える。
「心配をかけてごめんなさい、ガストン将軍。あなたが街を守ってくれたから、私は安心して眠りにつけました。今日は最高の式典にしましょうね」
「マリエール様、少しだけ抱擁を……あ、いえ、滅相もありません! 何でもありません!」
不器用なレオンハルトが耳まで真っ赤にして言葉を濁すと、周囲にいたロランやエティエンヌら他の将軍たちも、堰を切ったように彼女の元へ押し寄せた。
マリエールが一人ひとりの目を見つめ、労いの言葉をかけるたびに、鉄の規律で縛られたはずの将軍たちの心は、春の陽光を浴びた残雪のように、跡形もなくとろけていくのであった。
しかし、式典が厳かに進むにつれ、マリエールの穏やかな瞳の奥に、鋭利な知略の光が宿り始めた。
(……歴史の流れが変わっているわ。前世では、陛下はこの時期に既に病に倒れ、帰らぬ人となっていた。そして、混乱の中でクロヴィス王子が戴冠し、私がその妃として横に並んだ……。でも、今は陛下が自ら王冠を戴き、その上で王子を後継者として立てようとしている。私の『生まれ変わり』が、運命の歯車を狂わせたのね)
整然と並ぶ文官たちの列を見渡すマリエールの脳裏に、不吉な男の影が過ぎる。
(……そして、あいつがいるはずよ。蛇のような眼差しをした男――『バルタザール』。前世で、甘い言葉で私に贅沢を贈り、放蕩を唆した、あの狡猾な財務官)
前世のバルタザールは、贅沢の味を覚えた王族を裏で操り、「王国の維持」という大義名分を掲げて増税を繰り返し、民を苦しめ抜いた。
彼はその裏で利権を独占し、私腹を肥やして国を腐らせた元凶だ。
結果、夫となった王子は複数の愛人と贅沢に溺れ、国は滅びの坂を転げ落ちた。
戴冠式が滞りなく終了し、祝賀パーティーまでの三時間の空き時間が訪れた時、マリエールは隣にいたガストンに、他者に聞こえぬよう声を潜めて告げた。
「ガストン将軍、あまり大ごとにしたくないのだけれど……。戴冠記念パーティーが始まるまでの間、全将軍を私の自室に集めてもらえるかしら?」
「はっ、もしや軍事計画の修正にございますか?」
「ええ……。今後の『王国の守り』について、避けては通れない大切な相談があるの」
マリエールのその言葉は、近くにいた将軍たちの間に静かな、だが烈しい衝撃を走らせた。
(軍略の指示か……! しかし、年端も行かない少女『聖女マリエール様』の私室に招かれるとは……!)
(……マリエール様の私室。なんと、なんと光栄な……。騎士としての誇りが震える!)
最強の男たちは、新たな内乱の予感に武者震いをしつつも、一人の乙女の私的な空間に足を踏み入れることに、年甲斐もなく心臓の鼓動を早めていた。
一方その頃、主を待つマリエールの私室では、エミリとピエールが静かに言葉を交わしていた。
机の上には、インクがまだ新しい数枚の羊皮紙が置かれている。
「ピエールさん、見てください。マリエール様が昨日書いていた、この税制改革の草案……。領主たちの特権を制限し、民の税を半分にするための計算が、こんなに細かく……」
エミリが感嘆の声を漏らすと、ピエールは誇らしげに、しかし痛ましげに目を伏せた。
「ああ。お嬢様は、ご自分が昏睡の淵にいる間さえも、この国の民がどうすれば冬を越せるか、飢えずに済むかを考えておられたのだ。……戦場の夜、指が凍りつくような寒さに震えながら、それでもペンを離そうとしなかった。それがマリエール様だ」
「……あの方は、本当の聖女様です。ご自分をロウソクのように削って、周囲に光を分け与えている。ピエールさん、私たちで、あの方を支えきりましょうね。もう二度と、あんなに悲しそうに『罰だ』なんて言わせないように」
二人の会話は尽きることなく、マリエールへの献身という絆を、より強固なものへと昇華させていった。
マリエールは自室へ向かう廊下の遠く、人だかりの中で一人、異質な空気を纏う男を見つけた。
豪華な刺繍が施された法衣に身を包み、王子に何かを耳打ちして擦り寄ろうとする財務官バルタザールだ。
(……逃がさないわ。この国を内部から食い物にする害獣は、芽が出る前に、私の手で摘み取らせてもらうわよ)
その瞳には、慈愛の聖女としての顔とは別の、前世の贖罪を果たすための「鉄血の知略」が宿っていた。
彼女は今、彼の野望を粉砕すべく、信頼できる騎士たちを招集しようとしていた。
自室の扉が開かれる。
そこには、王国の命運を左右する最強の将軍たちと、彼女を心から愛する従者たちが待っていた。




