第26話 騒がしすぎる騎士たち
抜けるような青空が広がる王都の訓練場。
そこでは、新生『聖女騎士団』の精鋭たちが、マリエールの視線を浴びて、いつになく殺気立っていました。
石畳を叩くブーツの音、風を切り裂く剣筋。
それらすべてが、彼女という「太陽」に照らされ、過剰なまでの熱を帯びていたのです。
「……皆さん、今日も熱心ですね。あまり根を詰めすぎて、お体を壊さないでくださいね」
マリエールが天使の羽を模した白革の鎧を鳴らして通りかかると、第一隊長のリュカが神速の刺突をピタリと止め、まるで精巧な彫像のようにその場で固まりました。
白銀の髪が激しい動きの名残で揺れ、彼は首筋に流れる汗を拭うことさえ忘れ、直立不動でマリエールを見つめます。
「リュカ、今の突き、少し重心が後ろだったかしら? 踏み込みの瞬間に、わずかですが迷いが見えたわ」
マリエールが歩み寄り、覗き込むように指摘した瞬間、リュカの顔色が劇的に変化しました。
「っ……! も、申し訳ございません! マリエール様の瞳に、私の不細工な型を映してしまった……! これは騎士として、万死に値する失態! 今すぐ修正いたします、いえ、命を賭してこの未熟を詫びねばッ!」
「待ちなさい、リュカ。極端すぎるわよ。……ふふっ、頑張ってね。あなたの剣は、私にとっても大切な『盾』なのですから」
マリエールが「くすっ」と、春の訪れを告げる小さな花が咲くように、悪戯っぽく、けれど慈愛に満ちた笑みを零した瞬間。
背後で見ていた第二隊長のイザベルが、突然胸を押さえてその場に膝をつきました。
ガシャリ、と重厚な大剣が石畳に落ちる音が響きます。
「イ、イザベル!? 大丈夫か?」
慌てて駆け寄った第三隊長のノアが、声をかけます。
しかし、イザベルは顔を真っ赤にし、震える指先で自分の心臓を必死に押さえながら言いました。
「……違うわ。違うのよ、ノア。今……今、マリエール様が『くすっ』て、お笑いになったのよ……。あんなに可愛い、奇跡のような生き物がこの世に存在していいの? 尊すぎて……尊すぎるわ。早く、早く宮廷絵師を呼んでちょうだい!」
「……騎士らしくしてください、イザベル。マリエール様が引いています」
ノアが溜息をつきながら彼女を立たせようとしますが、イザベルの目は完全に「聖女の信徒」のそれになっており、もはや隊長の威厳など微塵も残ってはいませんでした。
そこへ、地響きのような足音と共に、団長のガストンが巨大な木箱を両腕で抱えてドスドスとやってきました。
箱の中には、見たこともないほど高価そうな瓶がぎっしりと詰められています。
「マリエール様! シエル・ド・メールの『鎧磨き』でございます! これでその天使の鎧を磨かせてください」
「ガストン団長、ありがとうございます。でも、自分で磨けますから、そんなに気を遣わなくても……」
「滅相もない! 聖女様の麗しき御手を、戦場の砂埃で汚すなど、このガストン、末代までの恥! 隊長格は全員、マリエール様の鎧を磨き、その白革に己の顔が映るまで磨き抜くことを『最高の名誉』と考えております!」
その言葉に、弓の名手である第四隊長のソフィアが、冷ややかなツッコミを入れました。
彼女は弓の弦を張り替えながら、淡々と現実を突きつけます。
「団長、それはもう騎士団じゃなくて鎧業者です。……マリエール様、困っていらっしゃいますよ。その箱、邪魔ですから端に寄せてください」
「何だとソフィア! 貴様、マリエール様の輝きを維持することの重要性を分かっておらんのか!」
「分かっています。だからこそ、鎧の輝きよりも、マリエール様の精神的な静穏を優先すべきだと言っているんです」
訓練の合間の休憩中、マリエールはイザベルとソフィア、そしてノアという、騎士団が誇る三人の女性隊長に囲まれていました。
普段は戦場を駆ける男勝りな彼女たちも、この時ばかりは女子会のノリでマリエールの相談に乗っています。
「……ねえ、三人とも。少し相談があるのだけど。最近、クロヴィス王子からの手紙が、毎日欠かさず届くの。どうすればいいかしら? 内容が……その、『今日のマリエール様の瞳は朝露に濡れたサファイアのように美しかった』とか、『貴女の不在が私の心に冬をもたらす』とか、そんなことばかりで……」
マリエールが少し困ったように眉を下げ、細い指先で手紙の山を指すと、三人の隊長の目が一瞬で、獲物を仕留める「猛禽」のそれに変わりました。
「……王子、まだ諦めていなかったのですね。しつこい男は、戦場では真っ先に首を撥ねられるのが定石ですわ。ソフィア、次の合同演習で王子の護衛兵を完膚なきまでにボコボコにして差し上げましょうか? 物理的な力の差を教えるのが一番です」
イザベルが愛剣の柄を握りしめ、物騒な提案をします。ソフィアも無表情のまま頷きました。
「賛成。……あ、マリエール様。その手紙は、王家への不敬にならないよう、私が秘密裏に『処理(焼却)』しておきましょうか? 灰になれば、悩みも消えます」
「私が、王子に直接『聖女様の御公務の邪魔である』と説教して参りましょうか」
大人しいはずのノアまでが、背後にどす黒いオーラを背負っています。マリエールは慌てて首を振りました。
「三人とも、そんな怖い顔をしないで……。私はただ、毎日のように届く詩的な文章に、どう返事を書けばいいのか分からなくて……正直に言うと、少し面倒なだけなのよ」
「「「面倒!!」」」
三人の隊長が同時に声を上げました。
「分かりました、マリエール様! 今後は王子からの手紙は『聖女騎士団預かり』として、すべての手紙を私たちがお預かりして、差し障りのない返信を書いておきます」
そんな騒がしくも、どこか微笑ましい光景を、訓練場の木陰で老ピエールが目を細めて眺めていました。
彼はマリエールのために用意した冷たいハーブティーをトレイに乗せ、静かに歩み寄ります。
「お嬢様、本当にお幸せそうで……。そして、相変わらずの人気者ですね。……昔は、私に『お外で騎士ごっこしてくれる相手がいないの』って、半べそをかいて袖を引いていたのに」
「ピエール! 昔の話はしないでって、あれほど言ったでしょう?」
マリエールが少し頬を膨らませ、恥ずかしそうに振り返りました。
その仕草があまりにも可憐だったため、後ろにいたイザベルとソフィアが「あざとい……!!」「しかし、尊い……ッ! 早急に宮廷絵師を呼べ!」と、部下たちに謎の緊急指令を出し始めました。
マリエールは深く、深いため息をつきながら、広がる青空を見上げて心の中で呟きました。
(……前世の、あの氷のような孤独に比べたら、この『騒がしすぎる忠誠』も悪くないけれど……。みんな、もう少し、物語に出てくるような騎士らしくしてくれないかしら?)
そう思いつつも、マリエールの口元には、かつての冷たい仮面にはなかった温かな笑みが宿っていました。
(でも、この騒がしくて、温かくて、時に暑苦しいほどの人々の熱気が……私が命を懸けて守りたかった、『今』という時間なのよね)




