第25話 聖女騎士団
王都は、勝利の凱歌に包まれていました。
解放されたシエル・ド・メールから、ひときわ眩い光を放つ軍勢が凱旋したのです。
その夜、王宮で催された祝宴は、歴史に類を見ないほど華麗で、かつ異様な熱気を含んでいました。
金色の光が降り注ぐ壮麗な大広間。
その中央で、クロヴィス王子が全貴族の視線を浴びながら、マリエールの前にうやうやしく膝をつきました。
王子の瞳には、彼女を戦場へと送り出した後悔と、救世主となった彼女への抑えきれぬ情熱が入り混じっていた。
「マリエール様。……貴女が戦場でその細い身を削り、奇跡を振るうたび、私の心は千々に乱れました。私は貴女を、ただ崇めるだけの『聖女』としてではなく、一人の女性としてお守りしたい。どうか、私の妃になっていただけませんか。これからは私が、貴女の重荷を共に背負いたいのです」
その瞬間、広間は時間が凍りついたような静寂に包まれました。
貴族たちは固唾を呑み、歴史が動く瞬間を見守る。
――しかし、その静寂を物理的に打ち砕いたのは、地響きのような怒号でした。
「断じて否っ!! お断りだぁぁぁ!!」
第一将軍ガストンが、床の石材を割りかねない重い足音を立て、二人の間に壁のごとく割って入りました。その背後には、ロラン、ジャン、アンリといった名だたる将軍たちが、殺気すら漂わせて立ち並んでいる。
「王子! 聖女様を『守る』だと? 何を寝言を! 貴方に彼女の何が守れるというのです! 貴方は彼女が切り裂いた城壁の塵を払うことすらできぬではないか! マリエール様を閉じ込めるなど、このガストン、万死を賭して阻止いたしますぞ!」
「……ガストン殿の言う通りです」
第二将軍エティエンヌが、冷ややかな笑みを浮かべて愛用の扇子をパチンと閉じました。
「聖女様は、もはやこの国の希望そのもの。一人の男の私物にするなど、全騎士、そして全領民が黙っておりませんよ。どうしてもと言うのなら、我ら七人の将軍をすべて倒してからになさるがいい。まあ、百年かかっても無理でしょうがね」
「ちょ……、皆、落ち着いてください! 私はただ、彼女の幸せを……!」
王子が慌てて立ち上がりますが、将軍たちの壁は一歩も引きません。
むしろ、広間のあちこちから「そうだ!」「聖女様はみんなのものだ!」という若手騎士たちの野太い賛同の声が上がり、宴席は一触即発の混乱状態へと陥っていきました。
マリエールは、困惑して顔を赤くする王子と、鼻息荒く息巻く将軍たちを見渡し、静かに、けれど深く溜息をつきました。
その仕草一つで、沸騰しかけていた広間が再び静まり返る。
「……クロヴィス王子」
マリエールがその名を呼ぶと、王子はすがるような期待を込めた瞳を向けました。
しかし、彼女のサファイアブルーの瞳に宿っていたのは、揺るぎない、そして氷のように冷徹な「拒絶」でした。
「光栄な申し出ですが、謹んで辞退させていただきます。私はまだ十四歳の子供。それに……私は神から授かった、この国を救うための『剣』なのです。真の平和が訪れるまで、誰かと添い遂げ、甘い愛を語る暇など、私には一分一秒たりともございません」
「ですが、マリエール様! 貴女だって一人の女だ。安らぎが必要なはずだ!」
「王子。……私が誰かの妻になれば、私はその人の『所有物』になります。そうなれば、私は民を等しく愛する聖女ではいられなくなってしまう。……そうでしょう?」
マリエールが少しだけ首を傾げ、困ったような、けれど残酷なまでに美しい微笑みを浮かべると、王子は金縛りにあったように動けなくなりました。
その微笑みはあまりにも気高く、触れることさえ許されない神聖さを放っていたからです。
王子の愛は、彼女が背負う十字架の重さの前に、あまりにも無力で幼いものでした。
玉座に座るアルベール王が、こらえきれぬといった様子で咳払いをして場を収めました。
「……ならば、マリエールの身辺を守る、王家直属ではない独自の軍組織を認めることとしよう。彼女を誰の所有物にもさせず、ただ『聖女』としてのみ存在させるための盾だ。その名も――『聖女騎士団』だ!」
「団長は、このガストンがっ! 私こそがマリエール様の盾にふさわしい!」
「いいえ、陛下! 冷静な判断ができる私こそが適任です!」
広間は再び、熱狂的な喧騒に包まれました。
もはや騎士たちの間では、聖女騎士団に入ることこそが、救世主の隣に立つという世界で最高のステータスになっていたのです。
数日後。
王都の訓練場には、各軍から選び抜かれた精鋭たちが、緊張の面持ちで整列していました。
マリエールは天使の羽が刻まれた白革の鎧を纏い、一人ひとりの前に立ち、その名を呼んでいきます。
「騎士団長、ガストン。……これからも、一番近くで私を支えて。よろしくね」
「はっ! この命、マリエール様のために! 御前に立ち塞がる不届き者全て、私が屠ってご覧に入れます!」
「第二隊長兼副団長、イザベル。……私の背中を任せてもいいかしら?」
「もちろんですわ、マリエール様! 貴女に近づく不潔な輩は、この大剣で塵も残さずなぎ払って差し上げます!」
凛々しい女騎士イザベルがマリエールの手を取り、情熱的に、まるで恋する少女のような瞳で微笑みました。
「第一隊長、リュカ。あなたの剣で、私の道を切り拓いて」
「はっ! この命、マリエール様の鋭き剣として捧げます」
白銀の髪を揺らし、若き天才剣士リュカが、忠誠の極みとも言える最敬礼を捧げます。
「第三隊長、ノア。……影から、私の目になって支えて」
「……御心のままに。影となり、敵を討ちます」
「第四隊長、ソフィア。……遠くの敵から、私たちを守って」
「はい、聖女様。私の矢は、貴女の視線の先にあるすべての敵を射抜きます」
儀式の喧騒から少し離れた木陰で、ピエールがその光景を、細めた目で見つめていました。
その瞳には、誇らしさと、ほんの少しの寂しさが滲んでいる。
「お嬢様……。もう、あの田舎の屋敷で私と追いかけっこをしていた頃の『お嬢様』とは、違うのですね。立派になられて……」
マリエールは重厚な革鎧の音を鳴らし、迷うことなくピエールの隣へ歩み寄りました。
そして、多くの騎士たちに見せている「聖女の顔」を崩し、一人の少女としての顔で彼を見上げます。
「何を言っているの、ピエール。あなたが隣にいて、私の鎧の着付けを手伝ってくれないと私はどこへも行けないわ。あなたは、私の唯一の『居場所』なのよ」
「はは……。では、老骨に鞭打って、世界一贅沢で、世界一誇らしい聖女様の召使いを続けさせていただきますよ」
マリエールは再び、訓練場に響く騎士たちの誓いの声に耳を傾けました。
(……前世では、たった一人で、冷たい雨の中で火刑台へ向かった。誰も私を見ようとはせず、石を投げ、呪いの言葉を吐くだけだった。けれど今は……こんなに騒がしくて、不器用で、温かい人たちが私の周りにいる)
彼女はサファイアブルーの瞳を空へと向けました。
(この場所を守るためなら、私は何度でも、あの重い神の剣を振るってみせる。今度こそ、誰も、私自身さえも、絶望の淵には沈ませない)




