第12話 自慢の武器
マリエールは、豪奢な刺繍が施された深紅の絨毯の上に、無造作に立ち、両手を静かに広げた。
その無防備な立ち姿は、百戦錬磨の将軍たちの目には、自らを死地に晒す愚行か、あるいは底知れぬ絶対的な自信の現れか、そのどちらかにしか映らなかったのです。
「私をペテン師だと思うのなら、今この場で証明なさい。……私を切りつけなさい。くれぐれも、本気で。加減をすれば、あなた方の命はありません」
その声は冷たく、透き通った冬の泉のように広間を支配した。
「命はない」という言葉は、脅しではなく、淡々とした事実の宣告として響く。
「お、お嬢様……! おやめください、このような無茶は!」
背後でピエールが青ざめた顔で絶叫に近い声を上げたが、マリエールは振り返ることもなく、ただ鋭い視線だけで彼を制しました。
その瞳の奥にある決意に触れ、老人は言葉を飲み込み、震える手で自らの口を覆うしかなかった。
「……面白い。そこまで言うなら、その煤けた顔を二度と拝めぬようにしてやろう。殿下、これはあくまでこの小娘が望んだ『処分』に過ぎませぬぞ」
第一将軍ガストンの心からは、もはや高潔な騎士道も、年端もゆかぬ少女に武器を向けることへの羞恥も消え去っていた。
そこにあるのは、自らの権威を侮辱されたことへの矮小な復讐心のみであったのです。
ガストンは、かつて八人の首を一息に飛ばしたハルバード(大斧槍)を、咆哮とともに構えた。
続いて、第六将軍マキシムが重厚な大剣を、第五将軍アンリが流星の如き速さを誇る華麗な細剣を、吸い付くような手つきで抜き放った。
広間には、王都の最高戦力が放つ殺気が渦を巻きました。
クロヴィスが制止の声を上げようと喉を震わせた、その瞬間。
「死ねぇっ!!」
三人の将軍が、異なる方位から寸分の狂いもなく同時に踏み込んだ。
ガストンの豪快極まる唐竹割りは空を裂き、マキシムの横一文字の薙ぎ払いは逃げ場を塞ぎ、アンリの心臓を狙う鋭い刺突が、音速を超えて迫る。
常人であれば、悲鳴を上げる暇もなく、肉片すら残さずに解体されるはずの、絶望的な包囲攻撃だ。
しかし、マリエールは眉一つ動かさなかった。
その瞳が蒼く輝いた刹那、彼女の右手に『ウリエルの剣』が、陽炎のごとく顕現したのです。
キィィィィィィィン――!!
鼓膜を直接突き刺すような、あまりに澄んだ、しかし苛烈な高音が一度だけ響き渡った。
太陽の間にいた誰一人として、マリエールが剣を振るう姿を捉えることはできなかったのです。
彼女の輪郭が微かに揺らいだかと思った直後、彼女はすでに元の位置に立ち、流れるような所作で光の剣を虚空へと還していました。
静寂が戻った広間に、カラン、カランという虚しい音が降り注ぐ。
「な……っ!?」
「ば、馬鹿な……。これは、夢か……」
ガストンの手に残っていたのは、頑丈なはずの樫の柄の、わずか数センチだけであった。
マキシムの大剣は、重厚な刀身がまるで薄い氷細工のように粉々に砕け、数十個の破片となって足元に散らばった。
アンリの細剣に至っては、もはや剣身そのものが消失し、ただの奇妙な持ち手へと成り下がっていたのです。
三人の将軍が誇り、数多の戦場で無数の敵を屠ってきた自慢の武器。
それが、マリエールが放った神速の十六連の斬撃によって、持ち手すら奪われるほど無残に、そして芸術的なまでの正確さで切り裂かれていた。
「私の髪一本、掠りませんでしたね」
マリエールは、鋼の破片が鈍い光を放ちながら転がる床の上を、静かに歩み始めた。
呆然自失として立ち尽くす将軍たちの間を通り抜ける彼女の姿には、慈悲深い聖女の面影はなく、ただただ、圧倒的な神の執行者の風格だけが漂っていました。
彼女が歩く先々で、広間の空気は冷涼で気高いものへと浄化されていく。
将軍たちは、自分たちの内面にある醜い虚栄心が、その清廉な空気によって剥ぎ取られていくような恐怖を覚えたのです。
「……陛下。これが、私がここにいる理由です。人の剣、人の知恵では、この国を襲う闇を払うことはできません。あなた方が守ってきたのは、この国の『形』であって、民の『命』ではなかった。そうでありませんか?」
玉座に鎮座するアルベール王は、震える手で自らの膝を強く掴んでいた。
威厳を保とうとする王の瞳には、逃れようのない畏怖が刻まれています。
目の前の少女は、国を救うために遣わされた聖女なのか。
あるいは、すべてを飲み込み、既存の秩序を焼き払う魔女なのか。
七人の将軍たちは、もはや彼女を「煤けた田舎娘」と侮ることはできなかった。
彼らの足元に転がる、もはや使い物にならぬ鉄屑の残骸こそが、マリエールが持つ絶対的な権威と、逃れられぬ神の審判の証明だったのです。




