第11話 謁見
王都カストル・ノワールの巨大な城門をくぐる際、クロヴィス王子は焦燥に駆られた様子で、何度も馬車に乗るようマリエールに勧めた。
王族としての体裁、そして何より「聖女」を最上の形で迎え入れ、その権威を民に知らしめたいという切実な願いゆえであった。
しかし、マリエールはそのすべてを、氷のように冷徹な静寂をもって拒絶した。
彼女は、ヴァル・ド・ロゼを出発した時と変わらぬ、泥に汚れた灰色の旅装を纏っていた。
煤けた服の裾を翻し、老従者ピエールを伴って、彼女は堂々と徒歩で入城したのです。
その小さな背中が刻む一歩一歩が、石畳に染み付いた歴史を塗り替えていくようであった。
「マリエール様! 救世主様が来られたぞ!」
城門が開かれるや否や、聖女の噂を耳にしていた民衆が、路地から、窓から、溢れんばかりに姿を現した。
彼らの手には、冬の寒さを耐え抜いた色とりどりの花びらがあり、それが雪のように彼女の頭上に降り注ぐ。
その華やかな光景は、前世において彼女が「選ばれた者」としての傲慢な笑みを浮かべ、高い馬車の上から無関心に見下ろした景色と、あまりにも残酷なまでに酷似していたのです。
(ああ、この花の香り。この、耳を塞ぎたくなるほどの歓喜。……これこそが、かつて私を甘やかし、狂わせ、最後には火刑台へと送り出した呪いの合唱だわ)
マリエールは、熱狂に沸く民衆に微笑みを返すことはなかった。
ただ、一歩でも早く、この熱狂の渦から逃れるように城の中枢へと歩を進めた。
王城の最深部。豪奢な金細工と精緻な装飾が施された「太陽の間」には、レヴィオン王国の命運を握る最高権力者たちが、あたかも一枚の絵画のように居並んでいた。
玉座に深く腰掛ける老王アルベール。その周囲を固めるのは、王国の矛であり盾である七人の将軍たちだ。
第一将軍、剛勇のガストン・ヴォルテール。
第二将軍、狡知の兵法家エティエンヌ・ルナール。
第三将軍、沈着なるロラン・デュ・ヴァル。
第四将軍、海原を統べるジャン・ド・ラ・メール。
第五将軍、華麗なる剣士アンリ・フルール。
第六将軍、大楯の守護者マキシム・テール。
第七将軍、必殺の狙撃手シルヴァン・ボワ。
彼らは、クロヴィスが連れてきた「煤けた少女」を、隠そうともしない疑念と嘲りの眼差しで迎え入れた。
その場を支配する空気は、期待ではなく、場違いな迷い込んだ小動物を観察するような、冷ややかな悪意に満ちていたのです。
静寂を破ったのは、第一将軍ガストンであった。
彼は身の丈ほどもある巨大なハルバード(斧槍)を、大理石の床に「ゴン」と重々しく突き立て、鼻で笑った。
「クロヴィス殿下、冗談が過ぎますな。そんな細首の小娘が、ハルガルド軍の重装騎兵を退ける聖女だと? 吹き荒れる戦火の中、敵の蹄に踏み潰されるのが関の山だ」
その言葉に同調するように、エティエンヌ将軍が、美しい刺繍の施された扇を口元に当て、くすくすと不気味な笑みを漏らした。
「殿下も、若さゆえに田舎娘の稚拙な奇術に惑わされたのですか? これが聖女だというのなら、市場の物売り娘はすべて天使でしょう。まあ、宝石でも与えて適当な貴族の屋敷にでも送り出しなさいな。その方が、この子にとっても幸せでしょうに」
将軍たちの無遠慮な嘲笑が広間に反響し、クロヴィスは怒りに顔を真っ赤に染めた。
彼が「控えよ!」と言い返そうとした、まさにその時。
マリエールが、静かに一歩前へと踏み出したのです。
彼女が口を開いた瞬間、広間の気温が数度下がったかのような錯覚を、その場にいた全員が同時に覚えた。
その声は決して大きくはなかったが、重厚な石壁をも通すような、澄み渡った冷徹さを孕んでいた。
「ガストン将軍。あなたの持つその重々しい斧槍は、戦場を駆けるためのものですか? それとも、ここで動けぬ民の血税を啜り、身を太らせるための卑しい飾りですか?」
「……何だと、貴様! 死にたいのか!」
ガストンが激昂し、筋骨逞しい巨躯を震わせてマリエールを威圧した。
戦場での殺気が広間に溢れる。
しかし、マリエールの瞳は、瞬き一つせず彼を射抜いていた。
彼女の瞳に宿る蒼い光が、広間の豪華なクリスタル・シャンデリアの輝きさえも飲み込んでいく。
「私は、贅沢を求めてここへ来たのではありません。国王陛下、そして将軍方。私がここへ来た理由は、ただ一つ」
マリエールは玉座の王から目を離さず、毅然と言い放った。
「あなた方の内側に巣食う、腐った『傲慢』を正し、この国を救うためです。民を忘れた玉座に、神の加護は宿りません」
「生意気な……! 王を侮辱するとは!」
第五将軍アンリが、苛立ちとともに細身の剣の柄に手をかけた。
金属が擦れ合う鋭い音が広間に響く。
「構いません、抜いてください」
マリエールは、冷ややかに、そして慈悲の欠片もない微笑を浮かべた。
「ただし、その剣を一度でも抜けば、あなた方が王家から賜ったその誇り高き『盾』も『鎧』も、二度と形を留めることはないでしょう。ヴァル・ド・ロゼにおいて、私に牙を剥いた騎士がどうなったか、殿下からお聞きになっていないのですか?」
その言葉とともに、広場の空気が、目に見えぬ神威によってピリピリと震え始めたのです。
マリエールの凛とした背筋、そして塵一つ、妥協一つ許さないような清廉な空気感。
権謀術数を尽くし、血の海を渡ってきたはずの百戦錬磨の将軍たちが、名もなき少女が放つ圧倒的な「神の重圧」に、思わず息を呑み、動けなくなった。
彼らが信じてきた「武力」という概念そのものを否定するかのような、静かなる力の胎動が、太陽の間を支配していったのです。




