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雪の奥で、二人きり  作者: 秋空 夕子


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第四話

 翌日、起きて居間に向かうと、すでに雪花が朝食の準備をしていた。

 昨夜の出来事が脳裏をよぎり、煉司は小さく息を吐いてそれを押し戻した。

「おはよう、氷室さん」

「おはようございます、煉司さん」

 台所に立つ雪花に挨拶すると、彼女はいつも通り微笑んだ。

 まるで昨晩の出来事などなにもなかったかのようだ。

「今日もひどい天気ですね」

「そうだな。当初より弱まったが、いったいいつまで続くんだろうな」

 朝食は温かい豆腐の味噌汁と卵とウインナー。

 シンプルながら、安心する味だった。

 黙々と箸を進めながら、煉司はふと疑問を口にする。

「そういえば氷室さん、食材はどのくらい残ってるんだ?」

「えっと……多分、あと一日か二日ぐらいでしょうか」

「そうか、もうそのぐらいか」

 もともと煉司一人で生活するために買い込んだ食材で、二人の人間が消費することを想定していない。

(明日なら吹雪も止むか? だが、もし今と変わらない状態だったらどうする? 麓まで降りるのは自殺行為だ……)

 死んでもいいと思っている煉司だが、意味もなく死にに行く気はなかった。

 他の当てを考えていると、車のことを思い出す。

(そうだ、俺は買い物帰りだったんだ。あの中にも食料がある)

 少なくとも、麓まで戻ることよりも、現実的な案に思えた。

 それに、連日の吹雪だが、少なくとも最初の頃よりは弱まっている。

 無理をすれば、行けないこともないのではないか。

 そんな考えが頭をよぎる。

 一人だったら、こんなことは考えなかったかもしれない。

 窓の外を眺めてみれば、相変わらず風は強いが、雪は小降りになっていて、雲の合間から日が差していた。

「……」

 一瞬の躊躇ののち、煉司は決断した。

「氷室さん、ちょっと車にある荷物を取りに行ってくる」

 突然の提案に雪花が訝しげな顔を見せる。

「何を言っているんですか? まだ危険です」

「わかっている。だが、今なら天気も穏やかになっているし、そこまで危険ではないはずだ」

「だとしても、今でなくてもいいじゃないですか。遭難したらどうするんですか? ここにいてください!」

 必死にそう懇願する雪花に、煉司は首を横に振った。

「だが、もし明日になって、吹雪も強まったらどうする? その時になってからじゃ遅い」

「それは、そうですが……」

 雪花はそれでも何か思うところがあるのか、納得していない様子である。

 しかし、煉司はすでに心を決めていた。

 今しかないのだ。

「大丈夫だ。必ず食料を持ってくる」

「……絶対に無茶はしないでくださいね」

「約束しよう」

 煉司は立ち上がり、コートを羽織った。

 外に出ると、冷たい空気が肌を刺すように襲いかかってくる。

「くっ……」

 積もった雪に足がとられそうになりながらも、少しずつ歩を進めた。

 降り積もった雪が風に吹かれて視界を遮り、体温を奪っていく。

 防寒着をしっかりと着込んできたが、それでも隙間から入ってくる冷気が骨身に染みる。

 手足の感覚が鈍くなっていき、思うように動かない体に苛立ちを募らせる中、ようやく雪に埋もれた車が視界に入った。

「あった……」

 ドアを開け、後部座席の荷物を運び出す。

 極寒の中にあったからか、幸いなことにどの食料も状態がよかった。

 これなら雪花も喜ぶだろう。

 すぐに山小屋へ戻ろうとした煉司だが、ふと車の向こう。街の方へと視線を向けた。

 遠くに、人工の建物が並んでいるのが見える。

 人影までは見えないが、多くの人があそこにいるのは確かだ。

(いっそこのまま助けを呼ぶべきか? そもそも、街の方はどうなっているんだ? こんなに荒れた天気ならあっちもそうとうひどい状態のはずだが……)

 おもむろに街へと踏み出す煉司だが、その途端に風がまた強くなった。

「う、なんだ突然……」

 たまらず煉司は街に背を向け、山小屋へと引き返す。もちろん荷物も忘れない。

 風に追い立てられるように歩いていくが、そのおかげで行った時より楽に進む。

 そして、あっという間に山小屋にたどり着いた。

「おかえりなさい、煉司さん」

 戻ってきた煉司を雪花が温かく迎える。

「寒かったでしょう? お茶、淹れておきました」

「ありがとう、助かる」

 湯気の立つマグカップを受け取る。

 体の芯から温まっていき、ほっと一息つく。

「車にある食料は全て持ってきた。数日はもつと思う」

 荷物を置き、ソファに腰を下ろした。

「ありがとうございます。お昼の準備をしてきますから、休んでいてくださいね」

「ああ、すまない」

 台所へ向かう雪花を見送り、煉司は再度マグカップに口をつける。

 街へと向かおうとしたら、急に吹雪いてきた。

 まるで、自分が山を降りることを拒否するように。

(あれは……偶然か?)

 馬鹿馬鹿しい考えだ。

 偶然でなかったとすれば、一体なんだというのか。

 誰かが故意に風を起こしたとでもいうのだろうか。

 そんなこと、ありえるはずがない。

 それはわかっているのに、煉司はどうしてもそう思えなかった。

 脳裏に浮かぶのは、雪花。彼女の、冷たい肌。

「…………」

 煉司はマグカップを黙って見つめた。

 お茶に映る彼の表情は、眉間にシワが寄っていて、とても険しい。

(本当に馬鹿馬鹿しいな……この状況で気がおかしくなったのか?)

 我が事ながら、異常な状況が続いて、まともな判断力をなくしているとしか思えない。

 そんなことを考えていると、雪花が昼食を持ってやってきた。

「煉司さん、おまたせしました」

 はっと顔を上げた煉司は、慌てて思考を中断する。

「あ、いや、大丈夫だ。ありがとう」

「たくさん作りました。どんどん食べてください」

 雪花が並べる食事はどれも美味しそうなものばかりだった。

 実際に一口食べれば、疲れた体に染み渡るような優しい味がする。

 窓を見ればあれほど荒れていた天気は嘘のように収まり、日に当たった雪がきらきらと輝いているのが見えた。


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