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雪の奥で、二人きり  作者: 秋空 夕子


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第二話

 煉司が雪花という女性と過ごすことになって二日目。

 吹雪は、まだ止む様子がない。

 部屋数は十分にあったので、彼女を空いている部屋に案内し、そのまま一夜を過ごした。

 その間、二人の間で交わされた会話は少ない。

 煉司はもとより口数の多い男ではなく、それは雪花も同じようだった。

 僅かなやり取りだけで、彼女が人付き合いを好む性格ではないことは察せられる。

 雪花の顔色が相変わらず白いことは気になったが、体調そのものは悪くなさそうなので、ひとまずは問題なさそうだった。


「煉司さん、お茶を入れました」

「ああ、ありがとう」

 雪花は気の利く女性で、助けてもらったからと自ら進んで食事の準備やお茶の用意をしてくれる。

 そこまでしなくていいと煉司は言ったのだが、雪花はやると言ってきかなかった。

 さらに、出会って間もないにもかかわらず、雪花は煉司のことをすぐに名前で呼んだ。

 これについては正直なところ、煉司は少し面食らった。

 異性に対して、それほど踏み込む性格には見えなかったからだ。

 それに、距離を詰める一方で、煉司に向ける視線は警戒しているとも、怯えているともとれるものだった。

 だが、煉司はそういった視線には慣れている。

 他者よりも大きくて、威圧感のある顔立ちなせいで、人から距離をとられることは多い。

 こんな山奥で、そんな見知らぬ男と二人きりなのだ。

 雪花の精神的な負荷はどれほどのものだろう。

 とはいえ、煉司も家から出るわけにはいかない。

 できるのは、必要以上に近づかないことくらいだった。


(しかし、これぐらいはいいだろう)

 ずっと山小屋に閉じ込められて手持ち無沙汰だろうと思い、煉司は手持ちの本を何冊か居間に運んだ。

「氷室さん、よかったら本を読むか? 暇つぶしぐらいにはなると思うが」

 テーブルに置かれた本に、雪花は視線を落とす。

 一瞬、驚いたように目を見開き、それからほんの僅かに頬を緩ませた。

「ありがとうございます。読ませていただきますね」

「まあ、趣味に合うかどうかはわからないが」

 持っている本の中でも読みやすいものを選んだつもりだが、雪花が気にいるかどうかはわからない。

 それでも彼女は一冊手に取ると、表紙にそっと指先を触れ、静かにページをめくり始めた。

 その動作は丁寧で、まるで久しぶりに何かを確かめるようでもあった。

 煉司はそれ以上声をかけず、少し離れた椅子に腰を下ろして本を開く。

 外では相変わらず吹雪が荒れているが、ここにはストーブの火の音と互いのページをめくる音しかしない。

 読書は、煉司にとって昔からの趣味だ。

 学生時代は本当にお金がなく、よく図書館に行っていたことを思い出す。

 ふと顔を上げると、雪花は黙々と本に目を落としている。

 こちらを見ることも、話しかけてくることもなく、読書に集中しているようだった。

 そのことに安堵して、煉司は再度本に目を落とす。


 それからどれほどの時間が流れただろう。

 煉司が何気なく時計を見ると、すでに二時間以上経っていた。

 雪花の方を見れば、彼女はまだ本を読んでいる。

 お茶はすっかり冷めていた。

 なるべく音をたてないように椅子から立ち上がり、台所へ向かう。

 お茶を新しく淹れ直し、買い置きしておいた饅頭と一緒に持っていく。

 居間に戻ると、雪花はそっと顔を上げた。

「煉司さん……?」

「お茶を淹れ直した。それから、よかったら甘いものも食べるか?」

 テーブルに置かれたお茶と饅頭を見て、雪花は申し訳なさそうな顔をする。

「すみません、私ったらつい夢中になってしまい……」

「いや、楽しんでくれたならいい。その本、気に入ったのか?」

 雪花が読んでいたのは、十年以上前に流行ったファンタジー小説だ。

 煉司が通っていた学校の図書室にも置かれていて、大人になってから買い揃えた思い出深い作品である。

「ええ。とてもおもしろいです」

 雪花の口角がゆるりと上がったような気がした。

 どうやら、本当にこの本を気に入ってくれたらしい。

 自分にとって大切な作品を好いてもらえるというのは、なかなか嬉しいことだった。

「ならよかった。続きもあるから、あとで持ってこよう」

「……ありがとうございます。本当に」

 そうしてまた二人して読書を進めた。

 雪花は饅頭を食べた後、そのまま湯気の立つお茶には手を付けずに読み耽る。

 それだけ本を読むのに夢中なのだろうと、煉司は特に気にしなかった。

 続きの本を持ってきた後は、煉司も読みかけていた本の続きに集中する。

 内容は、ホラーな短編集である。

 いろんな主人公が、特に理由もなく、あるいは何かしらの因縁により、様々な恐怖体験をしていくというものだ。

 それからまた時間が経ち、雪花が本を読み終えたようで、パタンと閉じる音が聞こえた。

「楽しんでもらえたか?」

「ええ、とても。続きが気になってしかたがないです」

「最終巻まであるから、安心してくれ」

「ふふ、よかった」

 声を上げて笑った雪花に、煉司は一瞬ドキリとする。

 けれど、すぐに雪花はハッとしたように口元を押さえてしまう。

 そして、少しだけ俯いた。

「ごめんなさい……子どもみたいにはしゃいでしまって」

「い、いや、謝るようなことじゃないだろう。気にするな」

 煉司としては心からの言葉だったのだが、雪花は気まずそうに視線を逸らす。

 彼女のそういう反応が、少し引っかかる。

 だが、無理に聞くのも悪いと思い、煉司は黙って次の本を手渡した。

「次はこちらだ。どうぞ」

「……ありがとうございます」

 雪花は少しぎこちなく本を受け取るが、煉司が読んでいた本へと視線を向ける。

「……煉司さんが読んでいるのは、ホラーですか?」

「ん? まあな。氷室さんは苦手か?」

「いいえ、平気です」

 そう答えつつも、雪花は少しだけ首を傾げた。

「煉司さんはファンタジーやホラーがお好きなのですか?」

「そうだな。若い頃からよく読んでいた」

 言葉の通り、煉司は昔から非現実的な話が好きである。

 その理由が、現実を少しでも忘れられるからとは、とても言えないが。

「ああ、もうこんな時間ですね。お夕食の準備をします」

 雪花は名残惜しそうに本を置き、そっと立ち上がった。

「本を読んでいてもいいんだぞ。ここは俺の家なんだから、俺が……」

「いえ……本当にこれぐらいのことはさせてください」

 そう言って雪花は台所に向かう。

 一人残された煉司は、ふうと息を吐いた。

 人と接すると、いろいろと気を使って疲れてしまう。

 ましてや、あんな美人だ。

(本当に、どうしてあんな綺麗な人がこんな山奥にいたんだ……?)

 昨日も気にはなったが、聞くことはできなかった。

 煉司だって、どうしてこんな山奥にいるのか聞かれたら困るからだ。

 普通ならなんの用もなく、こんな山小屋にいるはずがない。

 別に複雑な理由などなかった。

 ただ、職場を自主退職して、しばらく人と接したくなくて、適当に選んだだけだ

 しかし、それを口にするには、どうしても気まずいものがあった。

 だから、煉司も雪花の事情を暴こうとはしなかったのだ。

(まあ、どうせ吹雪が止むまでの関係だしな)

 この吹雪が止めば、雪花はここから出ていく。

 そして自分たちはもう二度と会うこともないだろう。

 だったら、あまりお互いの事情を知りすぎる必要もない。

 そう考えて、煉司は再び本を読み始めた。


 雪花が作ってくれた夕食は、とても美味しかった。

 誰かに食事を用意してもらうのは、本当に久しぶりだったからそれもあるのだろうが。


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