第62章 帰結
ルシアは、小高い丘で待っていた。
丘の上には簡素なティーテーブルが置かれ、白いクロスが風に揺れている。
ポットから紅茶を注ぐ手が、わずかに震えた。
湯気の向こうに、剣を帯びた影が現れる。
シェリルだった。
丘の上で、平装のまま紅茶を口にするルシアの姿を見て、シェリルは思わず息を呑んだ。
そこにいるのは、王女ではなく、一人の人間だった。
シェリルは立ち止まり、剣を外す。
部下を伴わず、ただ一人で丘を上がった。
ルシアは何も言わず、向かいの椅子を示す。
二人は腰を下ろし、しばらく黙って向き合った。
鳥の声と、風の音だけがあった。
シェリルには、ルシアが何を言おうとしているのか、わかっていた。
わかっているからこそ、口を開けなかった。
先に言葉を紡いだのは、ルシアだった。
女王ヴェルミナの名には、一切触れなかった。
ただ一言。
「シェリル。正しい道を選びなさい」
それだけだった。
叱責でもなく、命令でもない。
期待ですらない。
それでも、その言葉は、シェリルの胸に深く突き刺さった。
その夜、シェリルは一人で泣いた。
これまで見ないふりをしてきたもの。
逃げてきた問い。
すべてが、否応なく浮かび上がってくる。
道理は、とうにわかっていた。
だからこそ、決意は重かった。
翌朝。
シェリルは、ルシアのもとへ赴き、膝をついた。
「――お仕えします」
それで、すべてが決まった。
ルシアとシェリルは、六万の兵を率いて王都へ進発した。
その報を聞いた女王ジェルミナは、発狂した。
「裏切り者だ!
誰ぞ、ルシアを討て!」
叫び、喚き、悪態をつく。
だが、誰も応じなかった。
一人、また一人と宮廷を去っていく。
近習も、護衛も、文官も。
やがて、王都包囲の知らせが届く。
宮廷は、完全に囲まれていた。
女王を守る者は、もはやいない。
「下賤な者どもに殺されるくらいなら……!」
ジェルミナは自ら宮廷に火を放った。
炎に包まれながら、狂乱のうちにその生を終えた。
王国に、新たな女王が立った。
ルシアである。
荒廃した国土。
疲弊した民。
壊れた制度。
立て直しは、至難の業だった。
それでも、やるしかない。
ルシアは、まず布告を出した。
――一年間、税を免除する。
それだけで、民は歓喜した。
涙を流し、地に伏して感謝する者もいた。
こうして、ルシアの親政が始まった。
ほどなくして、王国からヴァルティアへ謝礼が支払われた。
形式的なものにすぎなかったが、それで十分だった。
両国は不可侵条約を結ぶ。
長い戦乱の果てに。
ようやく、ヴァルティアに真の平和が訪れた。




