第58章 窮地
スズナとリシュアは睨みあう。気づくとリシュアの連れてきた兵は討たれて囲まれていた。
スズナは肩をわずかに庇いながら、剣を片手で構えていた。
傷は癒えていない。だが、動きに迷いはない。
「……お前はここで斬る」
低い声。感情を押し殺したような響き。
リシュアは一言も返さず、細身の剣を正眼に構えた。
呼吸は落ち着いている。目は冷たいほど静かだった。
次の瞬間、スズナが踏み込む。
剣が唸りを上げ、軌道を変えながら迫る。
直線ではない。常に変化し続ける刃。
だが、リシュアはそれを弾く。
一合、二合。
火花が散り、剣が鳴る。
リシュアの反撃は鋭かった。
一閃がスズナの脇を掠め、血が飛ぶ。
「……見事だ」
スズナは舌を巻く。
周囲の兵が動こうとするが、スズナは片手を上げて制した。
「手を出すな。――この女は、私の獲物だ」
リシュアは間合いを詰め、突きを連ねる。
速く、正確で、無駄がない。
スズナは受けるので精一杯になり、一歩、また一歩と後退する。
そこへ、リシュアが踏み込んだ。
だが――
スズナは、その瞬間を待っていた。
体を捻り、肩から体当たりするようにして距離を外す。
リシュアは体勢を崩し、わずかに退いた。
スズナは印を結ぶ。
「……来い」
地面がうごめいた。
黒い手が、何本も、何本も、地中から這い出してくる。
リシュアの顔色が変わる。
――この術を、彼女は知っている。
カレン。
あの夜。
何もできず、辱めを受け、殺されかけた記憶。
「効かない……!」
リシュアは叫び、一喝する。
剣に気を込め、黒い手を断ち切る。
数本は消し飛んだ。
だが、止まらない。
「私の術を、あの下種と一緒にするな」
スズナが嗤う。
黒い手は増え続け、リシュアの四肢を絡め取る。
剣を握る腕が締め上げられ、指が開いた。
剣が、落ちる。
「……っ!」
身体が宙に浮く。
鎧が軋み、砕ける音がする。
無数の手に持ち上げられ、リシュアは空中で晒された。
歯を食いしばり、睨み返す。
スズナは、その視線を正面から受け止めた。
「いい目だ。……だからこそ、殺す」
次の瞬間。
黒い手が一斉に引き下ろした。
叩きつけられる衝撃。
地面が割れ、鈍い音が響く。
リシュアの身体に、槍が突き立てられる。
一本、二本、三本。
抵抗は、もうない。
――リシュアは、戦場で討ち死にした。
その光景を、メルティナは見ていた。
「……リシュア……!」
喉が裂けるほどの叫び。
術式が、暴走する。
限界を超えて、詠唱を重ねる。
血を吐きながら、なお力を絞り出す。
強化された兵が再び前に出る。
だが、もう制御が効かない。
次の瞬間、メルティナは血を吐き崩れ落ちた。
強化は解け、陣は瓦解する。
「リシュア討ち死に!」
その叫びが伝播し、
メルティナ軍は一気に崩れた。
――ここで、キョウが動く。
ランバルタのもとを離れ、
崩れた軍を立て直すため、馬を走らせる。
その動きを、スズナは見ていた。
「……来るか」
だが、狙いは変える。
キョウではない。
戦場を支え続けている、もう一つの柱。
ランバルタ。
スズナは距離を取り、弓を取った。
肩の痛みが走る。
だが、構わない。
弦を引く。
矢は――静かに、放たれた。
ランバルタは督戦していた。
「押せ! まだ耐えられる!」
その瞬間、肩に衝撃。
「……っ!」
矢が深く突き刺さる。
呼吸が乱れ、視界が揺れる。
毒。
理解した瞬間、膝が折れかける。
だが、倒れない。
剣を地に突き立て、必死に立つ。
「……下がるな……!」
声は震えていた。
時間の問題だった。
だが、この瞬間まで――
ランバルタは、戦場に立ち続けていた。




