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パワハラ女上司に殺された中年サラリーマンは異世界で国をつくる  作者: 越後⭐︎ドラゴン


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第56章 陽炎

 石畳は冷たかった。

 ぎざぎざとした感触が、膝から骨へ伝わる。


 カゲロウは正座を崩さない。

 女であることも、隠密であることも、今は関係がない。

 ただ――耐えると決めた。


 太ももに鉄のおもりが置かれる。

 重さが沈み、呼吸が浅くなる。


 足が乗せられ、体重がかかる。

 骨がきしむ音が、自分の内側から聞こえた。


 まだだ

 ここで終わる気はない


 鞭が振るわれ、背に熱が走る。

 布が裂け、血が滲む。

 それでも声は出さない。


 冷水。

 意識が引き戻される。


 吊るされる。

 手足が鎖で引かれ、床から足が離れる。

 体が宙に固定され、逃げ場が消える。


 金属棒が振り下ろされる。

 衝撃が全身を貫き、喉が震える。


 生きる

 生きて戻る

 それが、私の仕事だ


「……なぜ、そこまで黙る」


 スズナの声。

 怒りの底に、別の色が混じっている。


 カゲロウは顔を上げない。

 見れば、揺らぐのは自分だ。


「……隠密だから」


 掠れた声。

 だが、それは嘘ではない。


「……それだけ?」


 一瞬の沈黙。


「……それだけで、十分です」


 スズナの足が、わずかに止まる。


「……シオンをどうした」


 その名に、胸が軋んだ。


 来た


「……最後まで、隠密でした」


 短く、だが確かに。


「……逃げなかった」

「……自分の役目を、選び続けた」


 スズナの呼吸が乱れる。

 怒りではない。

 喪失だ。


「……語るな」


 だが、その声は震えていた。


 カゲロウは、初めて顔を上げる。


「……あなたは、姉なんですね」


 一瞬。

 世界が凍る。


 スズナの目に宿っていた狂気が、

 ほんの一瞬だけ、人の色に変わる。


「……あの人は……」

「……誇りを持っていました」


 それは“説得”ではない。

 ただの事実だ。


 沈黙。


 そして――


 剣が、迷いなく突き出される。


 胸を貫く痛み。

 血が溢れる。


 それでも、カゲロウは崩れなかった。


「……それでも……」

「……私は……

 間違っていません……」


 最後に呼んだ名は、二つ。


 シオン。

 そして――キョウ。


 ……見ていてください

 私は、最後まで……


 意識が、途切れる。


 修羅の国の陣から、一頭の馬が引き出された。


 鞍に結ばれているのは、縄。

 その先に――人がいた。


 カゲロウだった。


 両足首を縛られ、

 身体は地面に横たえられたまま、

 微動だにしない。


 生きているはずがなかった。


 合図もなく、馬が歩き出す。


 次の瞬間、

 身体が地面を叩き、引き摺られた。


 石畳にぶつかる音。

 土を抉る鈍い衝撃。

 骨が砕け、肉が削られていく。


 馬は、わざと速度を上げた。


 両軍の中央――

 もっとも目につく場所を選び、

 見せつけるように走らせる。


 キョウは、それを見ていた。


 逃げなかった。

 目を逸らさなかった。


 奥歯を噛みしめ、

 拳を握り、

 耐えた。


 セレナが、そっとキョウの腕に手を置く。

 何も言わない。

 言えない。


 やがて馬が止まり、

 修羅の国の兵たちが集まった。


 一人が、槍を構える。


 突き刺す。


 一度では終わらない。


 腹に、

 背に、

 脚に。


 確認するように、何度も。


 まだ動かないか。

 まだ生きていないか。


 最後に、剣が振り下ろされた。


 首が落ち、

 血が地面を濡らす。


 兵は首を掴み、

 袋に放り込む。


 胴体は、その場に打ち捨てられた。


 静まり返る戦場。


 その沈黙を破ったのは、

 怒りだった。


「……ッ!」


 メルティナが、叫ぶ。


 それは言葉にならない声だった。


 次の瞬間、

 彼女は馬腹を蹴り、前に出た。


 理性も、作戦も、

 すべてを置き去りにして。


「やめろ!」

 キョウが叫ぶ。


 だが、届かない。


 メルティナは、

 かつてカゲロウに命を救われている。


 耐えられなかった。


 リシュアも、歯を食いしばり、続く。


 修羅の国の陣がざわめく。


 矢が上がり、

 盾が並び、

 前線が動き出す。


 ――もう、止まらない。


 キョウは、深く息を吸った。


 一度、目を閉じる。


 耐えることは、もう終わりだ。


 剣を掲げ、声を張り上げる。


「――進め!!」


 戦場に、はっきりと響いた。


「非道をもって戦を為す者を討て!

 修羅の国を――撃て!!」


 号令が、波のように広がる。


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