第54章 再び
ヴァルティアは、追い詰められていた。
リディアは死に、
ランバルタは重傷で馬にすら乗れず、
エマは毒に侵され、床から起き上がれない。
戦場で動ける将は、もはやキョウとセレナしかいなかった。
兵数も減った。
十万を擁した軍は、七万にまで削られている。
一方、修羅の国も消耗していた。
七万あった正規軍は五万まで減少している。
だが――
数の帳尻は、そこで終わらなかった。
シェリルが率いる民兵軍。
その数は、八万。
質では劣る。
だが、数は倍以上。
しかも民兵たちは、もはや“素人”ではなかった。
戦場を踏むたび、慣れが生まれる。
仲間の死を越える術を覚える。
装備も、ヴァルティア兵や修羅の国の兵の屍から剥ぎ取ったものを使い、徐々に整ってきている。
キョウは悟った。
もはや、打って出る余力はない。
「……円陣に切り替える」
陣形は、防御一点。
耐え、凌ぎ、削られないことだけを目的とする布陣だった。
その報は、エリュシオンにも届いていた。
メルティナは書簡を読み終えると、深く息を吐いた。
「……ここまで来たか」
逡巡は、短かった。
キョウが倒れれば、すべてが終わる。
エリュシオンを守っても、意味がない。
メルティナは鎧を身に纏った。
久しく着ていなかった重さ。
だが、その重みは恐怖ではなかった。
「予備軍二万、出すわ」
同行するのは、治安維持部隊隊長リシュア。
「ガイアス。エリュシオンは任せる」
「承知しました」
後顧の憂いは断つ。
メルティナは軍を率い、前線へと向かった。
五日間。
キョウは、ただ耐え続けた。
修羅の国の攻撃。
民兵の波。
セレナは声を枯らし、陣を支える。
キョウは剣を振るい、倒れ、また立ち上がる。
そして――
地平の向こうに、軍影が現れた。
メルティナの軍だった。
その姿を見た瞬間、ヴァルティア軍にどよめきが走る。
「……来たぞ……!」
ナギサは即座に判断した。
兵を分ける。
三万を率い、メルティナ軍へ。
予備軍相手なら、押し切れる――
そう踏んだ。
だが、メルティナはただの後方官僚ではなかった。
陣の随所に術式を仕込み、誘い、嵌める。
局地的に、ナギサの軍が崩される。
「……ちっ」
ナギサは舌打ちし、前に出た。
狙いは一つ。
メルティナの首。
その進路に、ひとり立つ影があった。
リシュア。
いつものスーツではない。
軽装の鎧に身を包み、剣を構えている。
「ここから先は、通しません」
一騎打ちだった。
ナギサの双剣が閃く。
だがリシュアは冷静に捌く。
隙を見て、馬の脚を断つ。
ナギサは投げ出され、地面を転がった。
一気に間合いを詰めるリシュア。
ナギサは防戦一方。
だが、修羅の国の兵が介入する。
囲まれ、引き剥がされ、
ナギサは辛うじて退いた。
戦線は膠着する。
だが――
メルティナの到来は、確実に流れを変えていた。
ヴァルティア軍の士気は跳ね上がり、
スズナとシェリルの軍を押し返す。
その日の戦いは、ここで終わった。
その夜。
カゲロウは、ひとり走っていた。
思い出すのは、あの日のキョウの目。
優しい言葉。
だが、その奥にあった距離。
――私は、シオンより下なのか。
胸の奥が、軋む。
だが、答えは決まっている。
女王を救い出せば、シェリルは縛りから解き放たれる。
そうなれば、戦局は変わる。
部下に探索を命じ、居所を掴んだ。
無謀なのは分かっている。
それでも――
「……行く」
単騎、侵入。
カゲロウは闇へと身を溶かした。




