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パワハラ女上司に殺された中年サラリーマンは異世界で国をつくる  作者: 越後⭐︎ドラゴン


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第52章 失意

 ヴァルティアの補給線に、乱れは見えない。

 街道は保たれ、糧秣も滞りなく前線に届いている。


 送り込んだ暗殺部隊も、誰一人として戻ってこない。


「……ちっ」


 ナギサは小さく舌打ちした。


「失敗か」


 隣で、スズナが不快そうに眉をひそめる。


「甘い。首都の治安が固すぎる。

 あの剣士……リシュアとか言ったか。邪魔だ」


「小細工はここまでだな」


 カガリが鉄垂を肩に担ぎ、鼻で笑う。


「砕けばいい。正面からな」


 ナギサは即答しなかった。

 視線は、遠くヴァルティア陣へ向いている。


 確かに――

 民兵と戦い続けるヴァルティア軍は、目に見えて疲弊していた。


 動きが鈍い。

 反応が一拍遅れる。


「……削れている」


 ナギサは静かに言った。


「なら、正規軍を混ぜる。

 “死に兵”だけでは足りない」


 その日から、前線の様相が変わった。


 民兵の波の中に、修羅の国の正規兵が混ざる。

 盾の構えが違う。

 踏み込みの重さが違う。


 ヴァルティア側の被害が、目に見えて増え始めた。


 それでも、王国側の民兵は尽きない。

 徴兵は続き、補充は止まらない。


「……頃合いだな」


 ナギサは判断する。


 民兵を一度下げ、要塞を出て布陣。


 中央にスズナ。

 右にカガリ。

 左にナギサ自身。


 狙いは明確だった。


 ――分断。


「リディアにはカガリを当てる。

 あの大剣は、怪力で受け止めろ」


「セレナは?」


「相性が悪い。私が行く」


「なら私は?」


 スズナが淡々と問う。


「ランバルタだ。

 あの女将軍は、感情で動く」


 戦端は、一気に開いた。


 疲労の溜まったヴァルティア軍は、防戦一方になる。


 そのときだった。


 スズナが、槍の穂先に“それ”を括り付ける。


 晒されたのは――

 ゼルフィアの首。


 ざわり、と空気が揺れた。


「……ッ!」


 ランバルタの目が、血走る。


「死者を、辱めるな……!」


 怒りが理性を押し流した。


 突撃。


 馬腹を蹴り、一直線に駆ける。


「ランバルタ、待て!」


 エマの声は届かない。


 スズナは冷静だった。

 弓を引く。


 無音の矢。


 ランバルタは気配を察し、わずかに身を捻る。


 兜が弾け、血が飛んだ。


 だが、止まらない。


 剣を抜き、スズナへ迫る。


 交錯。


 火花。


 スズナの肩が裂け、血が噴く。


 同時に、ランバルタの脚が切られた。


 体勢を崩し、馬から落ちる。


「将軍!」


 スズナの兵が殺到する。


 それを押し返すように、エマが前進する。


 歩兵が盾を揃え、圧をかける。


 スズナ軍は一歩、引いた。


 ランバルタは部下に背負われ、後退する。


 一方――


 リディアは、カガリとぶつかっていた。


 大剣を振るうたび、鉄垂に弾かれる。


 衝撃が腕に走り、痺れが溜まる。


(……長引けば不利だ)


 一瞬の隙を突き、距離を取る。


 だが、カガリ軍が押し寄せる。


 明らかに劣勢だった。


 右翼では――


 セレナとナギサが対峙していた。


 光の矢が降る。


 それを縫うように、ナギサの双剣が閃く。


 障壁に阻まれ、本陣には届かない。


 セレナが狙いを集中させる。


 ナギサは、払い、かわし、距離を取る。


 全体を見渡し、ナギサは判断した。


 中央は押し返された。

 左は優勢。

 右は膠着。


 そして――

 ヴァルティアは、まだ折れていない。


「今日は、ここまでだ」


 引き鐘。


 全軍後退。


 再び要塞へ。


 民兵を前面に戻す。


 キョウも、それを見て引かせた。


 ――今日も、勝敗はつかない。


 だが、確実に削り合いは進んでいる。


 ナギサは、要塞の上から戦場を見下ろした。


「……次は、もっと深く削る」


 戦争は、まだ終わらない。

 ランバルタの負傷は、想定より深刻だった。


 脚の骨にひびが入り、腱も傷ついている。

 馬に跨がろうとした瞬間、激痛が走り、膝から崩れ落ちた。


「……くそ……」


 歯を食いしばるランバルタを、軍医が制止する。


「無理をすれば、二度と騎馬には戻れません」


 前線を離れるしかなかった。


 中央の指揮は、エマが引き継ぐ。

 愚直で、堅実な歩兵の将。


 一方、スズナも肩の傷が深く、弓を引くことはできなかった。

 腱を痛めている。


 だが、騎馬には乗れる。


 ナギサは二人の状況を正確に把握し、即座に方針を固めた。


「消耗戦を続ける」


 民兵を前面に出し、正規兵を温存する。

 死に兵は、いくらでも補充できる。


 ヴァルティア軍は、日ごとに削られていった。


 十日。


 前線は膠着し、死体の山だけが増えていく。


 そして――

 ナギサは再び、要塞を出る決断を下した。


 布陣は明確だった。


 中央にカガリ。

 左右をエマとリディアが支えるヴァルティアの主力に、真正面からぶつける。


 ナギサ自身はセレナを抑える。

 スズナは後方待機。


 キョウは全体を見ていた。


(……スズナが動いていない)


 それが、不気味だった。


 中央では、カガリが暴れていた。


 巨体が突っ込むたび、兵が吹き飛ぶ。

 エマの歩兵は盾を揃え、ひたすら押し返す。


 愚直な前進。

 だが、それが唯一の正解だった。


 リディアが側面から絡む。


 大剣と鉄垂がぶつかる。

 火花。


 衝撃。


 腕に痺れが走る。


「……っ」


(硬い……)


 キョウは、その様子を見ていた。


(まだ、粘れるはずだ……)


 その判断が、遅れだった。


 後方で、スズナが動く。


 騎馬を駆り、一直線にエマへ向かう。


「……あの歩兵の将軍、邪魔だな」


 エマの陣が割れる。


 兵が踏み潰され、列が崩れる。


 キョウは即座に動いた。


 黒翼隊を率い、スズナの背後へ。


 だが、スズナは察知する。


 振り返らず、即座に離脱。


 その瞬間――


 中央で、致命的な音がした。


 リディアの大剣が、鉄垂を受け止める。


 ――折れた。


 鉄垂の鎖が断ち切られ、だが、カガリは止まらない。


 鉄塊を横薙ぎに振るう。


 直撃。


 リディアの身体が、宙を舞った。


「リディア!!」


 キョウが叫ぶ。


 地面に叩きつけられ、痙攣する身体。

 立ち上がれない。


 カガリが歩み寄る。


 ゆっくりと。


 確実に。


「やめろォォォ!!」


 キョウは馬腹を蹴る。


 だが、距離がある。


 間に合わない。


 鉄垂が振り下ろされた。


 鈍い音。


 リディアの頭部が、砕けた。


 世界が、一瞬で無音になる。


 次の瞬間――

 キョウの雄叫びが戦場を裂いた。


「ォォォォォォッ!!」


 剣を抜く。


 風が、集まる。


 いや、これまでとは違う。


 怒りと喪失が、力を引き出していた。


 波動が、奔流となる。


 一閃。


 衝撃波が、カガリを包み込む。


 巨体の上半身が、消し飛んだ。


 下半身だけが数歩進み、崩れ落ちる。


 キョウは、馬から飛び降りた。


 リディアの亡骸を抱き寄せる。


 血に濡れた顔。

 もう、動かない。


「……すまない……」


 声が、震えた。


 リディアは古参だった。

 何度も剣を交え、背中を預けてきた。


 そこにあったのは、単なる主従ではない。


 エマは、その光景を見て、膝をついた。


 守れなかった。


 セレナは異変を察し、即座に号令を飛ばす。


「全軍、後退!!」


 ナギサは追撃を命じる。


 ヴァルティア軍は三キロ後退し、陣を立て直した。


 だが――

 失ったものは、あまりにも大きい。


 夜。


 陣営は、沈黙に包まれていた。


 リディアを失い、

 ヴァルティアは、確実に一段階“弱くなった”。


 そしてキョウは、理解し始めていた。


 この戦争は、

 もう「勝てばいい戦」ではない。


 次は、何を失うのか――

 それを考えずにはいられなかった。

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