4章 決起
野営地の天幕で、キョウ、ガルザ、主だった将校たちが集まり、軍議が始まった。
最初の問題は明白だった。
「首輪だ」
ガルザが自分の首元に手をやる。
「たとえ反旗を翻しても、女たちが印を結べば、俺たちは術で縛られる。これでは勝負にならん」
将校たちは黙り込んだ。
「首輪を外せればいいんだがな……」
誰かがぼそりとこぼす。
そんなことは不可能だと分かっているからこその、弱い冗談だった。
キョウは自分の首輪に手をかけ、何気なく引いてみた。
金属がわずかに軋み――次の瞬間、あっさりと外れた。
「……え?」
自分でも拍子抜けするほどの軽さだった。
天幕の中が凍りつく。
「い、今どうやって……?」
「術式で封じられているはずだぞ、その首輪は……」
「嘘だろ……?」
キョウは外れた首輪をしげしげと眺め、肩をすくめる。
「さあな。外れたんだから、そういうものなんだろ」
最初に我に返ったのはガルザだった。
「キョウ殿……俺にも、試してもらえないか」
首を差し出す。
キョウが金具に指をかけ、軽く力を込める。
カチリ、と小さな音がして、首輪は外れた。
ガルザはしばらくその光景を信じられないように見つめ、やがて膝をついた。
「……自由だ……」
その呟きが合図になったかのように、主だった将校たちが一斉に身を乗り出した。
「俺にも頼む!」
「お願いします、キョウ殿!」
「これさえ外れれば、俺たちは……!」
次々と伸ばされる首。
キョウが一人ずつ首輪に手をかけていくたび、金具はあっさりと外れた。
天幕の空気が変わる。
「これで……女どもなんか目じゃねえぞ!」
「好きに動ける。好きに戦える!」
「今までの仕返しを――」
浮き立つ声に、キョウは静かに言葉を差し込んだ。
「浮かれるな」
その一言で、空気がまた張り詰める。
「首輪が外れたからって、それだけで勝てるわけじゃない。セレナを侮るな。あの女の攻撃を防げるのは、たぶん今のところ俺だけだ」
ガルザが息をのむ。
「それに、装備の差もある。騎士たちは鍛えられた女戦士だ。正面からぶつかれば、お前たちは刈り取られる」
「では、どうする?」
問うガルザに、キョウは小さく笑った。
「策はある。少しばかり芝居を打とう」
◇
翌日、ガルザは縄で縛られたキョウを連れて、ヴァルティナ城へ向かった。
縄は見た目ほどきつくはない。
だが外から見れば、どう見ても捕虜だった。
城門の女衛兵が目を細める。
「……手配書の男。捕えたのか?」
「はい。酒を飲ませて泥酔させ、縛り上げました。長官殿へお届けに参りました。懸賞金も、できれば……」
そこだけは、ガルザの本音も少し混じっていた。
衛兵は鼻で笑い、門を開けさせる。
城内は依然として騒がしい。
だが「捕縛した」という報告に、空気が少しだけ安堵に傾いた。
「長官のもとへ通せ」
広間の扉が開く。
セレナが、静かに彼らを待っていた。
銀の髪をまとめ、いつもの制服に身を包んだ姿。
昨夜の狼狽は微塵も見せない。
だが、縄に繋がれたキョウを見た瞬間、
セレナの瞳の奥に、一瞬だけ複雑な色が浮かんだ。
失望。
安堵。
そして、どこか刺さるような痛み。
「よくやりました。ガルザ、と言いましたね。あとでしかるべき褒賞を与えましょう」
セレナは玉座から降り、ゆっくりとキョウに近づいていく。
「結局、あなたはこの程度だったのですね。
私の城を抜け出しても、酒と一時の自由に負けるくらいの……」
そこで、セレナの言葉が途切れた。
足元で、縄が音もなく崩れ落ちた。
「……え?」
キョウの身体から、拘束が消えていた。
反応するより速く、距離が詰まる。
セレナは咄嗟に術を紡ごうとしたが、その手首を掴まれた。
視界が反転する。
背中が床に打ちつけられ、冷たい石の感触が全身に走る。
次の瞬間、首筋に短刀の冷たさが触れた。
「動くな」
低い声が耳元に落ちる。
広間に悲鳴が上がる。
「長官!!」
「侵入者――!」
同時に、ガルザが吠えた。
「今だ! かかれッ!」
男たちが一斉に動く。
女衛兵たちは印を結び、術を発動しようとする。
だが――何も起きない。
「……首輪が……?」
「馬鹿な、こいつら全員……!」
戸惑いが致命的な隙になった。
剣が叩き落とされ、槍が奪われ、女たちは数で押し倒されていく。
術という前提を失った瞬間、
戦場の理はあっさりと反転した。
広間は、あっという間に制圧された。
女衛兵たちは武器を奪われ、城外へ叩き出される。
扉が閉まり、残されたのは短刀を突き付けられているセレナと、彼女を押さえつけるキョウだけだった。
セレナは悔しげに唇を噛む。
――どうしてこの男には術が効かない?
――どうして私は、この状況で命より先に彼の瞳を探している?
答えは出なかった。
◇
騒ぎを聞きつけ、エマが部隊を率いて洋館の前に集結した。
「長官はどこだ!」
「広間を占拠されています! 長官は、人質に……!」
報告を聞いたエマは、歯を食いしばった。
踏み込めば、セレナの命が危ない。
だが引けば、城を奪われる。
エマが逡巡している間にも、庭には男たちが展開していく。
ガルザの率いる兵、およそ千。
対するエマ隊も千。
洋館の庭で、男と女の軍勢が向かい合った。
風が止まり、空気そのものが軋むようだった。
――この瞬間、ヴァルティナの長い歴史は、大きく軋み始めていた。




