第44章 修羅
もう一人のお尋ね者がいた。
サーシャだ。
彼女は自分を賢い女だと思っていたし、実際そうだった。
帝国の宮廷でも、王国の貴族社会でも、商人という立場を最大限に利用し、危険な橋を渡り続けてきた。
どこにも属さず、どこにも恨まれず、常に一歩先で利を抜く――それがサーシャの流儀だった。
だが、時代が変わった。
帝国は滅び、王国は内乱に沈み、秩序そのものが音を立てて崩れている。
金はまだある。
だが、金を生む場が、急速に失われつつあった。
サーシャはいま、旧王家の領内に潜伏している。
表向きは、流浪の商人。
裏では、旧王家復活を夢見る者たちに取り入り、耳元で甘い言葉を囁いていた。
彼女は、旧女王ヴェルミナに進言する。
「外から、力を入れましょう」
それは援軍ではない。
災厄の呼び水だった。
遠い昔、大陸を追われた者たちが流れ着いた東の島。
いまでは“修羅の国”と呼ばれる地だ。
シェリルは即座に反対した。
「修羅の国は修羅の国です。
あれは、使えばこちらも焼かれる」
王国は、かつて彼女たちを朝貢と交易で懐柔してきた。
修羅の国は怨念のように大陸奪還を掲げていたが、時と共に角が取れた――そう思われていた。
だが最近になって、不穏な噂が流れている。
三人の統領が現れ、修羅の国が再び統一されたというのだ。
「火を呼び込みます」
シェリルは、はっきりそう言った。
だが女王ヴェルミナは、冷静さを失っていた。
内乱、敗戦、王権の揺らぎ。
恐怖と焦燥が、判断を鈍らせていた。
サーシャの言葉は、彼女の耳に甘く響いた。
「濁流を流し込めば、すべてが洗い流されますわ」
サーシャは知っていた。
旧王家の復活など、どうでもいい。
戦争が起き、国が割れ、秩序が壊れれば――金は生まれる。
それだけが、彼女の目的だった。
修羅の国の始まりは、敗北だった。
かつて大陸を追われた男たちが、東の島で国を作った。
だが現地民との抗争に敗れ、土地を失い、追い詰められていく。
そこへ流れ着いたのが、別の敗者――
大陸での戦争に敗れ、国を失った女たちだった。
彼女たちは、男たちを救わなかった。
首輪をつけ、奴隷とし、兵とした。
狂化と強化を施された男兵たちは、現地民を押し返し、島の覇権を奪う。
だが、力は新たな争いを生んだ。
女同士の抗争。
国は割れ、また割れた。
多い時には三十もの小国が乱立し、
昨日の主君を今日殺すことも珍しくなくなった。
修羅の国は、名の通り修羅と化した。
その混沌の果てに、三人の英雄が現れる。
火山の国のカガリ。
二百三十センチの巨体と怪力で、大鉄垂を振るう女。
彼女が進めば、国境は砕け散った。
海の民のナギサ。
小麦色の肌を持つ美貌の女。
双剣も操るが、真の武器は奸計だった。
有力者は次々と嵌められ、国は内側から崩れ落ちた。
隠密の里出身のスズナ。
色白の肌と狂気を宿す目を持つ女。
ある日、彼女は里を皆殺しにし、隣国の族長を殺して国を奪った。
力、知略、狂気。
三つの修羅が、三つの国をまとめ上げる。
そして三人は会談する。
これ以上の内戦は無益だと。
そろそろ、先祖の悲願を果たす時だと。
こうして、三人を統領とする修羅の国が生まれた。
その視線は、海の向こう――
かつて追われた大陸へと向けられている。
そして今、
サーシャという女が、その扉を叩こうとしていた。




