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パワハラ女上司に殺された中年サラリーマンは異世界で国をつくる  作者: 越後⭐︎ドラゴン


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第35章 忍耐

 ゼルフィアの屈辱は、終わらなかった。


 ある日、王宮の長い回廊で、

 彼女は一人の少女とすれ違った。


 第1王女――ヴェルミナ。


 オルウェリアの性格を、そのまま写し取ったかのような存在。

 嗜虐、嘲笑、支配欲。

 すべてを幼さの裏に隠した、危うい光を宿した王女だった。


 ヴェルミナは、すれ違いざまに足を止め、

 ゆっくりと振り返った。


「……あら。帝国の亡霊じゃない」


 次の瞬間だった。


 ヴェルミナは、何の前触れもなくゼルフィアへと歩み寄り、

 衣の胸元を乱暴に引き裂いた。


 布が裂ける音が、静かな廊下に不自然に響く。


 ゼルフィアは息を呑んだが、

 それでも、抵抗しなかった。


 抵抗すれば、何が起こるか分かっていた。


 ヴェルミナは、楽しげに目を細め、

 さらに一歩、距離を詰める。


 そして――

 ゼルフィアの胸元へと手を伸ばした。


 爪が、肉に食い込む。


 突き刺すような痛みが、

 はっきりと伝わってきた。


 ゼルフィアの身体が、びくりと震える。


 怒りでもなければ、恐怖でもない。

 完全な屈辱だけが、そこにあった。


 ヴェルミナは、愉快そうに鼻で笑った。


「生き延びた将って、こんな顔するのね」


 そのときだった。


「やめて!!」


 廊下の奥から、駆け寄ってきた影がある。


 ルシアだった。


 彼女はゼルフィアの前に立ち、

 王女を真っ直ぐに睨みつけた。


「ヴェルミナ姉様……それは、あまりにも……」


 一瞬、ヴェルミナは面倒そうに視線を向けた。


「……ふん」


 それだけ言って、興味を失ったように踵を返す。


 ゼルフィアを一瞥もせず、

 そのまま廊下の奥へと消えていった。


 残されたゼルフィアは、

 裂けた衣を押さえながら、壁にもたれた。


 ――もう、限界が近かった。


 ⸻


 ほどなくして、

 さらに残酷な命令が下る。


 女王オルウェリアは、

 ルシアに向かって、平然と言い放った。


「出陣しなさい」


 標的は、

 旧帝国から独立して割拠した軍閥。


 与えられた兵は、わずか二千。


 しかも、

 ルシアにとっては初陣だった。


 誰の目にも明らかだった。

 これは「出陣」ではない。

 戦場で死ねという命令だ。


 玉座の脇で、

 ヴェルミナが細く笑っていた。


 ゼルフィアの胸に、

 冷たいものが広がる。


 ――唯一の味方が、奪われようとしている。


 この王国に降った意味は、何だったのか。


 兵を守るため。

 帝国に見切りをつけるため。


 その選択が、

 今になって、静かに喉を締め上げてくる。


 ルシアが去れば、

 王宮でゼルフィアを庇う者は、もう誰もいない。


 ゼルフィアは、

 生まれて初めて、はっきりと後悔した。


 ――王国に降ったのは、

 本当に正しかったのかと。


 ルシアは二千の兵を率い、彷徨った。


 敵はすべて、自分たちより兵力の多い軍閥ばかり。

 正面から戦を挑める相手など、どこにもいなかった。


 斥候に見つかれば、退く。

 場所を変え、また退く。


 そうして、時間だけが無為に過ぎていった。


 その背後で――

 ゼルフィアは、決断していた。


 女王の許可は得られない。

 それでも行くしかなかった。


 夜陰に紛れ、王都を脱出しかけるたび、

 女王は報告を受けてなお、追手を出さなかった。


「逃がせ。どうせ駒だ」


 そう判断されていたのだ。


 だが、その噂は広がった。


 かつてゼルフィアに従い、彼女と共に降伏した元帝国兵たち――

 その一部が、密かに集結した。


 一千。


 ゼルフィアは、彼らと共に走った。


 ⸻


 その頃、ルシアは奇襲を受けていた。


 安全だと思っていた森の縁。

 そこを敵軍が包囲した。


 二千の兵は必死に王女を守ろうとしたが、

 多勢に無勢、次々に倒れていく。


 敵が迫る。

 ルシアの喉が凍りついた、その瞬間――


「どけ!!」


 敵陣を切り裂いて、影が飛び込んできた。


 ゼルフィアだった。


 剣を振るうたびに、敵が倒れる。

 帝国最強と謳われた将の動きは、

 未だ衰えていなかった。


 混乱の中、彼女はルシアを掴み取る。


「無事!?」


「……ゼルフィア……!」


 再会の言葉は、短かった。


 周囲には、すでに倒れた兵の山。

 二千いた兵は、半数も残っていなかった。


 ⸻


 戦いの後、森の奥。


 ルシアは膝をつき、唇を噛み締めた。


「……私、何も出来なかった……」


 ゼルフィアは静かに言った。


「違う。あなたは、逃げなかった」


 ルシアは顔を上げる。


「でも……私は将として、失格です……」


 ゼルフィアは、まっすぐ言った。


「なら、今ここから“将”になりなさい」


 兵たちの視線が、ふたりに集まる。


「あなたは王女じゃない。

 この瞬間から、この兵たちの命を預かる“将”よ」


 ルシアの胸に、初めて“覚悟”が宿った。


 恐怖でも、諦めでもない。

 前へ進むための、痛みを伴った決意だった。


 一方、丘の向こうでは――

 別の貴族軍が、この合流を遠眼鏡で捉えていた。


「……王女に、帝国の死神が付いたか」


 次の戦は、

 もはや逃走では終わらない。


 ルシアにとって、

 そしてゼルフィアにとって――

 本当の意味での戦いが、ここから始まる。

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