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パワハラ女上司に殺された中年サラリーマンは異世界で国をつくる  作者: 越後⭐︎ドラゴン


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第34章 屈辱

 ランバルタは軍をまとめ、撤退した。

 だが、すでに戦の趨勢は彼女の手を離れていた。


 王国軍の進行は、あまりにも早かった。


 帝国各地では、

 度重なる徴兵と重税に耐えられなくなった民たちが反旗を翻した。

 それは瞬く間に広がり、

 ついに――帝都そのものにまで反乱が及んだ。


 皇帝は捕らえられ、

 人々の前で公開処刑された。


 もはや、帝都を治める「帝国」は、この世から消えた。


 だが、それは平和の到来ではなかった。

 ただ、支配を失った広大な地域が、

 無数の欲と剣が渦巻く混沌の地へと変わっただけだった。


 王国もまた、無理を重ねた出兵だった。

 この混乱を収束させるほどの余力はなく、

 近接する街と要地だけを接収して、軍を引き上げた。


 南方に退いたランバルタも、

 皇帝処刑の報を聞き、決断する。


 ――この地では、もはや誰の正義も通らない。


 彼女は南方で軍をまとめ、

 一つの軍閥として割拠する道を選んだ。


 そのもとには、

 帝国を失った貴族、行き場をなくした兵、

 そして「戦う場」だけを求める者たちが、次々と集まってきた。


 また、各地の貴族の中にも、

 ランバルタに倣い、独自に割拠する者が現れ始める。


 かつて一つだった大国は、

 無数の小さな“戦争の種”へと、静かに分解されていった。


 ⸻


 一方――

 ヴァルティアもまた、決して無傷ではなかった。


 度重なる戦いで、

 国力は疲弊しきっていた。


 その再建の先頭に立ったのは、メルティナだった。


 彼女は走り回った。

 兵を集め、民と向き合い、制度を立て直し、

 かつて自らが築き、失い、そして守りきれなかったこの地を、

 今度こそ再生させようと歯を食いしばった。


 集まった兵の多くは、

 屯田へと振り分けられた。


 民として鍬を握り、

 兵として槍を持ち、

 農と軍が一体となって、この国は息を吹き返していく。


 屯田に向かない者、

 再び戦うことを望む者たちは、

 すべてリディアのもとへ送られた。


 リディアは、容赦なく鍛え直した。

 逃げ場のない訓練。

 誤魔化しの効かない剣。


 敗軍ではなく、

 これからのヴァルティアを支える軍としての再編。


 帝国が混乱の泥に沈んでいくその裏で――

 ヴァルティアは、静かに、確実に、

 再興への舵を切った。




 ゼルフィアが王国に降ったのは、

 敗北ゆえではなかった。


 あれは、兵の命を守るためであり、

 そして――

 もはや帝国に未来はないと見切ったからでもあった。


 剣を捨てたのは、臆したからではない。

 守るべきものが、まだ残っていると理解したからだ。


 だが、王国はその意図など、最初から汲み取る気はなかった。


 ゼルフィアは「客将」という名の飾り物となり、

 半ば囚われの身で、王宮に置かれることとなった。




 ある日、ゼルフィアは女王に呼びつけられた。


 宴の席だった。


 帝国滅亡を祝う――

 そう銘打たれた、絢爛で、悪意に満ちた宴。


 王座に座るのは、王国の女王――

 オルウェリア。


 冷酷と嗜虐をそのまま王冠の形にしたような女だった。


 楽師が音を鳴らし、

 貴族たちが酒に酔い、

 笑い声が満ちる。


 その中央に、ゼルフィアは立たされていた。


 オルウェリアは、ゆっくりと杯を傾け、

 ゼルフィアを見下ろす。


「帝国が滅びた祝いよ」


 次の瞬間。


 女王は、ためらいもなく、

 ゼルフィアの頭から酒を浴びせた。


 冷たい酒が髪を濡らし、額を伝い、

 鎧の隙間へ流れ込み、衣を重くする。


 濡れた衣服は肌に張りつき、

 戦場とはまるで違う種類の無様さをさらけ出す。


 貴族たちの視線が、一斉に集まる。


 オルウェリアは腹を抱えて笑った。


「ふふっ……滑稽ね、実に」


 場は爆笑に包まれた。


 ゼルフィアは動かなかった。


 噛み締めた奥歯の奥で、

 何かが砕けそうになるのを感じながら、

 ただ、耐えた。


 ――これは、生き延びた代償だ。




 数日後。


 ゼルフィアは、再び呼び出された。


 今度は、謁見の間の隣にある小部屋だった。


 扉が開かれた瞬間、

 ゼルフィアは息を呑んだ。


 壁一面に描かれた、巨大な壁画。


 そこには――


 血にまみれながらも、最後まで前に進む

 ティナの戦う姿。


 そして、そのすぐ横に。


 地に伏し、

 額を床にこすりつけ、

 情けなく命乞いをしているゼルフィア自身。


 ゼルフィアの全身が、静かに震え始めた。


「……これは……」


「あなたの“物語”よ」


 背後から、オルウェリアの声。


「忠臣は勇敢に死に、

 お主は無様に生き延びた。

 美しい構図でしょう?」


 ゼルフィアの喉が、ひくりと鳴る。


 怒りでも、悲しみでもない。

 純粋な屈辱が、胸の奥から湧き上がってきていた。


 オルウェリアは、子どものように手を叩いて喜ぶ。


「ねえ、ゼルフィア。

 この絵を見てどんな気分?」


 そのとき。


 部屋に、ためらうように駆け込んできた少女がいた。


 第2王女――

 ルシア。


「母上……それ以上は……!」


 オルウェリアは、煩わしそうに眉をひそめた。


「うるさい」


 冷え切った声。


「二人とも、下がりなさい」


 逆らえぬ命令だった。




 それ以降も、

 ゼルフィアの屈辱の日々は続いた。


 客将という名の囚人。

 剣を持つことは許されても、

 誇りを持つことは許されない。


 それでもゼルフィアは、耐え続けた。


 兵を見捨てなかった自分の選択が、

 間違いではなかったと――

 いつか証明するために。


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