第32章 鉄騎
四日目だった。
ランバルタの攻めは、相変わらず単調に見えた。
歩兵と歩兵が正面からぶつかり合い、
押し、返し、血を流し、
それが二時間も続いた。
「……本当に、これだけか?」
キョウが呟く。
背中に深手を負っているという噂。
だが、まさかそれだけで、この将が止まるとは思えない。
戦場は、すでに乱戦に近い様相を呈していた。
両軍が入り乱れ、指揮も曖昧になり始めた――その時だった。
地鳴りが起きた。
大地の奥から、低く、重く、腹に響く振動が伝わる。
次の瞬間、
敵軍の背後に、巨大な砂塵の壁が立ち上がった。
「……来るぞ!!」
誰かが叫んだ。
砂塵の向こうから現れたのは――
重装備の騎兵部隊だった。
いや、ただの重騎兵ではない。
馬と馬が、鎖で連結されている。
一騎一騎が独立しているのではなく、
複数の騎馬が「ひとつの塊」となって、迫ってきていた。
まるで――
巨大な鉄の壁。
それは敵味方の区別すらなく、
歩兵の密集地帯へと突入した。
「う、わぁぁぁぁ!!」
悲鳴が、あちこちで上がる。
盾ごと、
人ごと、
馬は踏み潰していく。
兵は逃げようと背を向けるが、
重騎兵の塊は止まらない。
轢かれ、弾かれ、潰される。
キョウも、リディアも、
その光景に言葉を失った。
「……あんな戦い方、見たことがない……」
セレナも、呆然と立ち尽くしていた。
敵が迫る。
セレナは反射的に、光の矢を放った。
数騎、確かに貫いた。
だが――
撃ち抜かれた騎馬が崩れ落ちても、
鎖で繋がれた後続がそのまま押し流してくる。
止まらない。
「セレナ!! 下がれ!!」
キョウが叫び、駆けた。
一瞬、判断が遅れれば――
セレナはそのまま“鉄の壁”に呑み込まれていたはずだった。
間一髪。
キョウはセレナの身体を抱き寄せ、
転がるようにして城内へと引きずり込んだ。
城門の向こうで、轟音が続く。
リディアも割って入った。
だが、
弾き返された。
重騎兵の質量に叩き飛ばされ、
地面を転がる。
リディアは歯を食いしばり、
戦場全体を一瞬だけ見渡す。
――本陣。
砂塵の奥に、
ランバルタの陣が、確かに見えた。
「……あいつか!!」
リディアは騎馬を翻し、
ランバルタの本陣へと――
一直線に突っ込んだ。
大剣が、唸りを上げる。
盾兵が飛ぶ。
歩兵が裂ける。
だが、ランバルタは冷静だった。
「盾を前へ」
近衛兵が、一斉に盾を構える。
重なり合う盾の壁。
リディアの一撃が叩きつけられ、
火花が散る。
だが――
剣は、届かない。
もう一歩。
だが、その一歩が、遠い。
リディアは歯を食いしばり、
ついに、退いた。
背後では、
まだ“鉄の壁”が、戦場を押し潰し続けていた。
城の外は、まさに阿鼻叫喚だった。
逃げ遅れた歩兵たちが、
鎖で連結された重騎兵に次々と轢き潰されている。
叫び声は、すぐに潰音へと変わった。
鎧が砕け、
骨が折れ、
肉が地面に擦りつけられる音が響く。
キョウは、城壁の上からただそれを見ていた。
止められない。
救えない。
敵も、味方も関係なかった。
ただ歩兵の屍だけが、
城前に積み上がっていく。
「……これが、ランバルタ……」
セレナは、震える指で城壁を掴んだ。
強いのではない。
非情なのだ。
やがて、
踏み潰すべき歩兵が尽きると、
鉄の騎兵は音もなく引き上げていった。
戦場には、
死体だけが残った。
ヴァルティアの歩兵は、
七万から――三万にまで減っていた。
敵の歩兵も一万以上が失われたようだが、
それでもこれは、完全な大惨敗だった。
⸻
一方、その頃。
ランバルタは、
血の滲んだ唇を、何度も噛み締めていた。
――味方を盾にした。
――しかも、味方もろとも踏み潰した。
自責の念が、胸を抉る。
「……一度きりだ」
この戦術は、二度は使えない。
使ったと悟られた瞬間に、対策される。
だからこそ――
どうしても、歩兵の後ろに隠して準備するしかなかった。
成功といえば、成功だった。
ヴァルティアの兵力は、半減した。
だが、
目の前に広がる屍の山から、
ランバルタは目を背けることが出来なかった。
⸻
翌日――
ランバルタ軍は、城攻めに移った。
ヴァルティアは兵力が半減し、
明らかに防御が薄くなっている。
しかも、
昨日の惨劇で、兵の士気は地に落ちていた。
「踏みとどまれ!!」
「逃げるな!!」
セレナは声を枯らし、
キョウとリディアも、自ら前線に立って叱咤した。
矢が降り、
梯子が掛かり、
炎が城壁に這い上がる。
ランバルタは、その様子を静かに見つめていた。
「……あと、ひと押しだ」
⸻
その頃、別の戦場では――
ゼルフィアとティナが、完全に手詰まりに追い込まれていた。
丘陵はすでに包囲され、
補給は完全に途絶えている。
撤退すべき局面だった。
だが――
帝都に送った使者の返答は、冷酷だった。
「撤退、許さず」
ゼルフィアは、唇を引き結び、
ついに決断する。
「……全軍、突撃」
ティナも無言で頷いた。
二人は、同時に丘陵を駆け下りた。
ゼルフィアの剣が閃き、
ティナの槍が唸る。
敵陣は割れ、
ルミナスも、リーノも、
この突然の決死の攻勢に一瞬たじろいだ。
だが――
「止めるな!!
女王陛下の本陣を守れ!!」
これは王国軍の総力戦だ。
女王親征の戦だ。
ここで突破を許せば、
戦は終わる。
ティナの軍が、
リーノ軍を押し切れる――
そう思えた、その瞬間だった。
背後で、
新たな砂塵が立ち上がる。
「……来た、か……!」
シェリル。
王国第一将軍の騎兵隊が、
ついに到着したのだ。
背後から、
ティナの軍へと、
無慈悲な突撃が叩き込まれた。




