第31章 親征
エマは、命こそ取り留めた。
だが、肋骨、鎖骨、脚――
数か所の骨が砕け、全身は包帯で覆われた。
「……当分、前線には戻れません」
医師の言葉は、淡々としていて、残酷だった。
キョウは、唇を強く噛みしめた。
自分の判断で城外決戦に出た。
その結果、エマは再起不能に近い重傷を負った。
(……俺の、ミスだ)
胸の奥が、鈍く沈む。
ヴァルティア城の蓄えは、少ない。
連戦で兵糧も、矢も、回復しきっていない。
一方で――
ランバルタは川を渡り、船をすべて焼いている。
退路を断ったのは、こちらだけではなかった。
(短期決戦……か)
互いに、長くは持たない。
それだけは、はっきりしていた。
ランバルタは、背中の傷に新しい包帯を巻かせながら、作戦会議に臨んでいた。
重い鎧を脱いだその姿は、
戦場で見る鉄の女とは、別人のようでもあった。
鍛え抜かれた四肢。
引き締まった腹部。
白く滑らかな肌。
短く切り揃えられた黒髪は艶を帯び、
整った目鼻立ちは、女としての美しさを失っていない。
だが、その瞳だけは、
戦場の重みを宿したままだった。
「直下の二万は、後ろへ下げる」
部下たちがどよめく。
「徴兵兵六万を、前面に出す」
それは――
捨て身の布陣だった。
精鋭を温存し、
寄せ集めを盾にする。
誰が見ても、犠牲が大きすぎる陣だった。
その布陣を見て、キョウは眉をひそめた。
「……あれは、捨て石の配置だ」
リディアも低く唸る。
「精鋭を後ろに温存し、消耗戦に持ち込むつもりか」
だが、その狙いの核心が、キョウにはまだ読めなかった。
「……犠牲が多すぎる。
普通の将なら、やらない」
キョウはリディアに命じた。
「騎兵一万を出せ。
牽制と観察だ。深入りはするな」
リディアは頷き、即座に動いた。
セレナは、エマの抜けた歩兵団をまとめ直し、
ヴァルティア側の全軍七万を展開させる。
キョウ自身も、
黒竜隊――直下の騎兵二百を率い、後方で機をうかがった。
そして――
ランバルタ側の六万が、動いた。
何の策もなく、
何の誘いもなく。
ただ、正面から、ぶつかってきた。
セレナの七万が迎撃する。
盾と盾。
槍と槍。
血と血。
ただ押し合い、ただ斬り合う、
ひねりのない正面衝突。
ランバルタは動かない。
後方から、ただ戦場を見つめている。
日が、沈んだ。
両軍ともに、
少しずつ、だが確実に兵を減らしただけだった。
翌日も――同じ。
その翌日も――同じ。
キョウも、リディアも、
騎兵を動かさない。
動かせない。
三日目の夕刻、
戦場は“静かな地獄”と化していた。
その頃――
王国の第二将軍ルミナスは、間諜からの報告を受けていた。
・帝国はヴァルティアを完全に失ったこと
・ゼルフィアは四天王を解任されたこと
・代わりにランバルタが召還されたこと
・帝国は無理な徴兵で、すでに疲弊していること
ルミナスは、即座に王都へ献策を送った。
「今こそ、総力で叩くべきです」
報告を受けた王国女王――
アウレリアは、即断した。
「第1将軍シェリルを出せ」
シェリル直下の騎兵一万が、即日動き出す。
さらに――
女王アウレリア自身も、決断する。
「近衛二千を率い、私も出る」
王都は、ほぼ空になる。
それでも――
女王は引かなかった。
帝国を、今ここで叩き潰す。
そう、決めていた。
ほどなくして――
ルミナスとリーノの陣にも、女王親征の知らせが届いた。
士気は、爆発的に跳ね上がる。
「女王陛下が来る……!」
「ここで負ければ、王国はないぞ!」
兵たちの目の色が変わる。
一方、シェリルは別動隊として別ルートを進み、
帝国の補給路を断つ動きに入った。
その報告が、
ゼルフィアとティナにも届く。
「……補給路が、次々に断たれています」
ゼルフィアの顔が、わずかに強張る。
地形の利は、こちらにある。
丘陵も抑えている。
だが――
敵の士気が、それを上回ろうとしていた。
さらに、補給が細くなれば、
精鋭すら餓える。
ティナは、歯を食いしばった。
(……ランバルタ様、
あなたが去った戦場で、全部、動き出してしまった……)
戦は、
すでに一地方の争いではなくなっていた。
王国と帝国、
そしてヴァルティアを巻き込む――
本当の決戦が、静かに近づいていた。




