第30章 覚悟
ランバルタは、戦場を離れながらも、胸の奥に重い鉛を抱えていた。
ゼルフィアへの交代命令。
それが理として正しいことは、理解していた。
だが――
納得は、していなかった。
「……ティナを残す理由は、分かっている。だが……」
ゼルフィアが引き連れた兵は、あまりにも少なかった。
一万という数で、王国軍と対峙するには心許ない。
副官であり、弟子であり、そして――
恋人でもあるティナを伴いたかったが、到底できなかった。
「万が一など、起きるはずがない。
あの娘は私が仕込んだ。簡単に死ぬ女ではない」
そう言い聞かせるように、馬を進めた。
帝都へ向かう道すがら、ランバルタはヴァルティアの近況を耳にする。
「セレナと……リディアが付いた国です」
報告を聞いた瞬間、ランバルタは小さく息を吐いた。
「……なるほど。一筋縄ではいかぬな」
あの二人が付いた以上、
武だけで押し潰せる相手ではない。
久しぶりに拝謁した皇帝の顔色は、
以前よりも明らかに悪かった。
血色はなく、目は濁り、
苛立ちを隠すことすらしなくなっている。
「ランバルタ。ヴァルティアを討て」
それだけだった。
ランバルタに与えられた戦力は――
直下の精鋭二万。
そこに、徴兵されたばかりの六万が付け足される。
八万。
だがその実態は、
核となる二万 + 形ばかりの烏合六万だった。
帝国は、明らかに無理をしていた。
すでに領土の半分をヴァルティアに奪われ、
農村も工房も焼かれているというのに、
なおもこの規模の徴兵。
(……持つのか、本当に。帝国は)
ランバルタの胸に、
初めて国家の寿命への疑念が生じた。
一方、ヴァルティア。
帝国との和平は、
国力回復のための唯一の息継ぎだった。
だが――
キョウがゼルフィアに剣を抜いたことで、それは完全に破綻している。
そして届いた報せ。
「ランバルタが来る……!」
セレナも、リディアも、顔色を変えた。
あの女は、単純な武だけなら――
ゼルフィアより、はるかに強い。
リディアでさえ、内心では確信できなかった。
(……正面からやって、勝てるか……?)
ランバルタは、川へ出た。
そして――
船を焼いた。
「退路はない。
落とすか、死ぬかだ」
その光景は、兵の心に火を点けた。
直下の二万は、一気に士気が跳ね上がる。
そして、ランバルタは疾駆した。
砦、関所、小拠点――
ヴァルティアへ続く道の防衛線は、次々に粉砕された。
徴兵された六万は遅れに遅れたが、
直下の二万だけは、まさに暴風のように突き進む。
ヴァルティア城下。
エマが三万の歩兵で布陣していた。
離れた位置には、
リディアの騎兵一万。
城内には四万が待機。
連戦で兵糧は乏しい。
長期戦は不利。
だから――
城外で勢いを殺し、
一気に打って出て、ランバルタ本人を討つ。
それが、唯一の勝ち筋だった。
だが――
ランバルタの勢いは、人の計算を超えていた。
鉄の奔流。
重騎兵が正面から踏み砕く。
盾は割られ、
槍は弾かれ、
陣形は一瞬で崩壊した。
エマの三万は、正面から粉砕された。
「っ……!」
エマ自身も、突入してきた重騎兵に弾き飛ばされ、
馬に轢かれて地面を転がる。
鎧が砕け、
骨が軋む音がした。
「エマ!!」
リディアが叫び、
騎兵で強引に斬り込む。
辛うじてエマを引きずり出し、後方へ逃がした。
だがその瞬間、
今度はリディアが包囲される。
重歩兵、重騎兵、
幾重にも重なる鉄の壁。
「チッ……!」
リディアは大剣を振るうが、
数が多すぎた。
その光景を城壁から見たキョウは、歯を食いしばる。
(……まずい)
迷いは一瞬だった。
キョウは、城から撃って出た。
風が生まれた。
キョウとランバルタの剣が、正面から激突する。
火花が散り、
衝撃が空気を震わせる。
「……来たか」
ランバルタが、低く唸る。
そこへ、リディアも割り込んだ。
三人が交錯する。
鉄、風、そして怪力。
一瞬――
ランバルタは、押された。
だが――
後方から、遅れていた六万が、ついに到着する。
大地が揺れるほどの足音。
ランバルタは、その瞬間を逃さなかった。
リディアの大剣を弾き飛ばし、
強引に退路をこじ開ける。
そこへ――
キョウの剣が振るわれた。
風が走り、
空を裂き、
ランバルタの背を撃つ。
一瞬、身体が揺れた。
だが――
ランバルタは、耐えた。
歯を食いしばり、
血を引きずりながらも、駆け去った。
そして――
背後の六万が、動き出す。
いよいよ、本当の数の暴力が襲ってくる。
キョウは即座に判断した。
「……ここで乱戦は、自殺行為だ」
キョウは全軍に命じる。
「全軍、城へ退却!!
今は、耐えろ!!」
こうしてヴァルティアは――
最初の大激突を、致命傷ぎりぎりで凌ぎ切った。
だが、誰もが悟っていた。
これは、序章にすぎないと。




