第24章 狼煙
帝国がヴァルティアを落としたという報せは、
大陸の隅々にまで瞬く間に広がった。
勝利——
皇帝はそう言い張ったが、
内実はまったく違っていた。
帝国はその日から、ゆっくりと、だが確実に崩れ始めた。
キョウが退いた後、
ヴァルティアの地には奇妙な変化が生まれていた。
男たちが語りはじめたのだ。
「首輪のない世界」を。
「男女が対等に歩く国」を。
「キョウという男が起こした奇跡」を。
噂は噂を呼び、形を持ち、
ついに各地で小規模な反乱が起こるまでに膨れあがった。
首輪を外そうとした男たちは貴族に叩き伏せられ、
その貴族に怒った農民が鎌を手に武器を取る。
都市部では奴隷兵が鎖を断ち切り、仲間を解放しはじめた。
それらは統率も計画もない、ただの暴発——
だが、皇帝の側から見れば 最悪の火種 だった。
皇帝は貴族たちに叫んだ。
「鎮圧だ! 一つ残らず踏み潰せ!!」
しかし貴族は、
己の領地の利益にしか興味を持たない。
反乱鎮圧は後回し、
税の取り立て、
隣領の弱体化、
私腹を肥やすための密売——
本来最前線で戦うべき彼女らは、
帝国の問題をさらに悪化させる存在となっていた。
反乱は鎮まるどころか、
帝都へじわりと近づいていく。
そんな中、もう一つの厄災が動き始めた。
王国——
かつて帝国と血を流し続けた宿敵。
停戦中とは名ばかり、
女王は皇帝の顔を見ることすら忌まわしいと感じる女だった。
帝国がヴァルティアで手一杯になっていることを知ると、
にこりと笑って停戦条約を破棄した。停戦条件として和解金を受け取る約束になっていたのだ。だが、未だに支払われていない。
「和解金?
あの無能皇帝のツケは、あの国の血で払わせるわ」
最初に送り込まれたのは小規模な騎兵。
帝国北東の辺境を撹乱し、
補給路を焼き、
村の領主を捕縛して王国へ引きずっていった。
帝国は対応に追われ、
反乱鎮圧どころではなくなる。
四天王ゼルフィアは歯ぎしりしながら各方面へ兵を派遣するが、
兵力は分散し、指揮系統は乱れ、
どこも根治には至らなかった。
帝国は勝ったはずの戦争の直後から、
すでに 負け戦の構造 に陥っていた。
その頃——
海の向こうの島国シリウス。
半年の歳月が流れていた。
キョウは島に根を下ろし、
セレナと共にシリウスの統領アーテルに認められ、
軍政の一部にも関わるようになっていた。
海軍訓練、航海術、島内の政治構造……
彼は吸収するように学び、
ついに 100隻の大船団の指揮権 を持つまでになる。
船には100人の兵——総勢1万。
シリウスは過去に帝国と衝突したことがあったが、
その後は中立に徹し、
海だけは絶対に守り抜いてきた。
その海軍力が、
今はキョウの手の内にある。
そして次に狙うべき敵は決まっていた。
——サーシャ。
貴族を焚き付け、
シオンの死の遠因を作った女。
帝国にも王国にも通じ、
己の利益のために大陸を弄んだ商人。
キョウは静かに命じた。
「サーシャの街を落とす。
ここから俺たちの反撃だ」
まだ夜明け前。
海面が黒く光る中、
キョウの船団は独立都市へ密かに迫った。
セレナが両手に術符を展開し、
淡い光が空気を震わせる。
「準備、できてるわ。
あなたの合図を」
キョウは腕を振り下ろした。
その瞬間、
火矢の雨が夜空に舞い、街へと降り注いだ。
寝静まった街はたちまち炎に包まれ、
悲鳴が風に乗って響き渡る。
続いて、
セレナの無数の光の矢が白い軌跡を残して降り注ぎ、
逃げ惑う兵士たちを撃ち抜いた。
サーシャは異変に気づくと、
真っ先に逃走した。
「チッ……あの男、本気で来たのね」
キョウの怒りが自分を焼くことを、
彼女だけがよく理解していた。
——独立都市は陥落した。
海上の勝利から二日後。
山岳地帯の砦に、ひとりの女兵が座り込んでいた。
エマだった。
半年。
獣よりも荒い生活をしながら、
ただ一つの望みだけで生きてきた。
「キョウ……
あんた、生きてるんだよね……?」
帝国軍に見捨てられた山岳砦は、
攻める価値がないと判断され、放置されていた。
だが食糧は尽き、兵は消耗し、
エマも限界が近かった。
その時。
血相を変えた斥候が駆け上ってくる。
「隊長ッ!!
聞いてください!!
港町が……あの独立都市が……キョウ様の軍に落とされました!!
海からの大艦隊です!!」
エマの胸に熱が走った。
視界が滲んだ。
「……バカ。
ほんとに……
ほんとに帰ってきたんだ……!」
彼女は立ち上がり、
砦の旗を引きちぎった。
「全員ッ!!
武器を持て!!
今から山を降りる!!
キョウ様のところに向かう!!」
小さくなった隊でも、
その叫びは戦場を揺るがすほどの熱を帯びていた。
半年間消えなかった火が、今ふたたび燃え上がる。
帝国は反乱に沈み、
王国は停戦を破り、
貴族は腐敗し、
大陸は揺れ始めた。
その混乱の中心で、
キョウの反撃が静かに、確かに始まっていた。
——大陸史に残る、大反攻の幕が上がる。




