18章 ヴァルティア城
城攻めが始まった。
しかし、ヴァルティア城の石壁はびくともしなかった。
帝国軍の投石車が何十発も石を放っても、
城壁表面に傷がつく程度。
石材の厚みが桁違いなのだ。
「……これ、本当に城なのか?」
反乱軍の一兵が震えた声で呟く。
そう。この城は“堅牢”という言葉では足りない。
“巨大な山塊をそのまま削って砦にした”ような構造で、
帝国の一般的な城とは比べものにならない防御力を誇っていた。
梯子も届かない。
城壁は高すぎるし、外側は緩やかな傾斜を描いていて、
下から掛けようとしても角度が足りず、簡単に滑り落ちる。
門は言わずもがな――
厚い鉄板を何重にも貼り合わせた頑丈な造り。
破城槌を何度打ちつけようと微動だにしなかった。
だが――
そんな堅牢な城を背にしながら、
キョウは背中に冷たい汗を流していた。
「……っ……は……はぁ……っ……」
呼吸が乱れ、胸が締め付けられる。
あのゼルフィアの姿が、頭から離れない。
白い肌。
紫紺の瞳。
冷徹な微笑。
そして――
九条玲と重なる横顔。
(……あいつ……あいつは……
なんで……玲にあそこまで似て……っ)
思い返すだけで、心臓がどくん、と跳ねる。
手のひらが汗で湿っていく。
それを見て、セレナが目を細めた。
「……キョウ。あなた……そんなに動揺して……」
言いかけ――
パァンッ!!
鋭い音が部屋に響いた。
セレナの掌が、キョウの頬を強く叩いていた。
「っ――!?」
キョウは驚きに目を見開く。
セレナは微かに震える指を握りしめながら、
それでもきっぱりと言い放った。
「キョウ……! しっかりして……!」
彼女の瞳は怒りではなく、
“心配”と“恐怖”で揺れていた。
「あなたが取り乱したら……みんな、崩れる。
あなたが立てなくなったら……誰がこの国を守るの?」
「……セレナ……」
「いい? ヴァルティア城は落ちない。
たとえ五万に囲まれても、何ヶ月でも持つ。
それが、この城の強さよ。」
セレナは城壁の図を広げ、キョウの肩を掴んだ。
「投石車では崩れない。
梯子も立たない。
門は破られない。
水も食糧も十分。
あなたが落ち着けば……この城は絶対に落ちないわ。」
キョウは、自分の荒れた呼吸を必死に整えようとした。
(……そうだ……落ち着け……
ここは玲に殺された会議室じゃない……
もう違う世界なんだ……)
セレナの声が、遠くから、しかし温かく響く。
「怖がってもいいわ。怯えてもいい。
でも……あなたはもう、一人じゃない。」
その言葉に、キョウは黙って頷いた。
少しずつ、呼吸が落ち着いていく。
帝国軍、反乱軍ともに、
予想外の難攻不落ぶりに完全に手が止まっていた。
「投石車、再装填ーー三十発目だが……全く崩れません!」
「門……固すぎます!
破城槌が跳ね返される!!」
「梯子が立たねえ! 角度が足りねえ!!
これ、どうやって登るんだよ!!」
兵たちが怯え半分に叫び始める。
ゼルフィアはその声を無視し、
ただ静かに戦況を観察していた。
(……なるほど。
この城は、正面から落とす城ではないのね)
焦りも苛立ちも浮かべない。
ただ淡々と、攻め口を探す猛禽のような目。
側にいた帝国将校が恐る恐る尋ねる。
「ゼルフィア様……この城……
無理攻めすべきでは……?」
「無理攻めは無意味。
損耗が大きいだけ。」
ゼルフィアは馬上から見下ろし、
ゆっくり指を滑らせて城壁を示した。
「この城は……
“どこかで開くはず”よ。」
「……開く?」
「城とは、人が守っているもの。
人は疲れる。
人は焦る。
人は裏切る。」
紫紺の瞳が細くなる。
「機を見て……扉を開かせるの。」
ゼルフィアは即座に“無理攻め”を中止し、
じっくり攻略を練る戦術に切り替えた。
外からは攻めず、
内部の隙を突く。
それが、彼女の戦い方だった。
キョウはようやく呼吸が整い、
セレナの手を握って立ち上がった。
「……悪い。助かった。」
「当然よ。あなたは、この国の……」
そこまで言いかけ、セレナは黙った。
城の外では、帝国と反乱軍のざわめきが続き、
その中心でゼルフィアがじっとこちらを見上げている。
その視線だけで背筋が冷えるほどの圧。
セレナは小さく呟いた。
「……ゼルフィア……
あの人は、“ただ攻めるだけの敵”じゃない……」
キョウも、わずかに息を呑んだ。
(玲……
お前はこの世界にも……
まだ俺を苦しめに来るのか……?)
戦いは、すぐには動かない。
だが――
ゼルフィアがこのまま終わるはずもない。
ヴァルティア城攻防戦は、
静かに、しかし確実に次の段階へ進もうとしていた。




