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三話 孤立


 母に怒られ、何とか許されてから、久しぶりに母と一緒にお見舞いに行った。行きたくもない病院でも、許された安堵の方が大きくて、楽しく感じていた。


「由衣ちゃん、どうしたの?」


 泣き腫らした目を、頬や唇の上に残る涙と鼻水の跡を、姉は心配してくれた。


「ごめんなさい」 


 私は姉に謝った。そしてお行儀よくするように初めて頑張った。姉は不思議そうな顔をして、それから笑ってくれた。

 そして、病院の帰り道に、私は姉が白い部屋にいる理由と、姉が自分とは違うんだということを改めて、母から聞いた。

 それをちゃんと理解できたのはもうしばらく後だった。けれどその時から、私は子供なりに、黙るということを覚えた。この件に関しては、黙っていうことを聞くのが一番いいのだとわかったのだ。

 そうして、頭が言葉に追いついた頃、あの地獄のような日々、姉の状態が危なかったということを知った。

 知って理解して、私は、母が怒ったのも無理はないと思った。自分が恥ずかしいことをしたのだということも身に染みた。

 けれど、あの時ぶたれた頬は痛かった。その事もしっかり覚えていた。

 一人っきりの部屋に閉じ込められたのに、なぜか家から閉め出された気持ちが、異様に私の中に残った。

 それでも、後からやってきた恥は私を地にめり込ませだ。

 私は冷たい人間なのだ。体がもぎ砕かれるような、無能の感情が私を襲った。

 それから私は、もし自分が優しい人間でいたいなら、姉の事で母に絶対に逆らってはいけないと、改めて心に刻んだのだ。

 私の決意とは余所に、周りの生活はそう変わらなかった。姉は、家にいたりいなかったり、白い部屋と自分の部屋を行ったり来たり、母もそれに倣って行ったり来たりだった。

 私だけが変化していた。 

 私は、年を経るごとに、病院へは母について行ったり行かなかったりになっていった。姉が自宅に帰ってきた時に、見舞うことはしていたけれど、幼稚園から小学校、低学年から中学年、中学年から高学年へと、私の年齢が上がるにつれ、母は私を病院への見舞いに連れて行くことはしなくなっていった。

 それは、母も私の友人関係というものを考えるようになったからかもしれない。または、自分が家を空けている間、家事をしておく人が必要だったからかもしれない。

 母が家にいないとき、私は適当に掃除機をかけ、洗濯物をたたみ、そして米を炊いた。

 もちろん友達とも遊んだ。友達のお母さんは、私の面倒をよく見てくれたし、お母さんのいない子の家でも子どもだけで遊ぶのは楽しかったし、そんな日々は途方もなく楽だった。

 それでも——いや、むしろそんな日々になったからかもしれない。

 私はどうして母に「行くわよ」と誘われなくなったのだろうと考えた。あんなに面倒でいやだったのに、誘われないと不安になるだなんて不思議だ。けれど、ふと、何か思い出したように疑問に浮かぶようになった。

 そのたびに、私は色んな理由を考えてみる。理由は喜ぶべきか悲しむべきか、たくさんあった。

 けれど、いつだって最後にはあの、ぶたれた日に立ち返った。

 もしかしてまだ怒ってるのかな、やっぱり私に愛想をつかしたのかな。

 そんなことを、洗濯物をたたみながら考えていた。



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