もしものその後 まだ続きがあったら
四十秒後(快晴視点)
この大雨だ。走っても濡れる度合いは変わらないだろう。
そう思って普通に歩いて校門を出ようとすると、不意に現れた人にびくっとする。
「わっ」
声まであげたその相手が雨野さんだということが、すぐに分かった。
「雨野さん、なんで」
忘れ物だろうか。引き返してくることは計算外だった。
不意に出会ったことか僕が傘を差していないことか、驚いている雨野さんが、何かを言う前に僕を傘に入れる。
そして、雨に打たれなくなった僕に向かって口を開いた。
「こっちのセリフだよ。モッチー、なんで傘差してないの?」
これは、一体どうしたものか。
「雨に濡れたい気分だから」
「はぁ?」
全くの嘘ではないけれど、どうにも通じていない。いや、妙なことを言ってしまったのかもしれない。
「もしかして、折りたたみ傘なんて、本当は——」
みなまで言わせてはいけない。
「じゃ、じゃあ、そういうことだから」
雨野さんの傘(実際には僕の傘だけれど)を出て、僕は駆け出した。
「ちょ、ちょっとモッチー」
雨の音で聞こえないように、僕は走り続ける。
そして、走りながら、雨に打たれながら、僕は明日雨野さんになんて言い訳をしようか考えるのだった。
後日(雫視点)
あの日のやり直しってわけじゃないけど、またあった雨の日に私はモッチーに提案していた。
「家まで付いていくからさ。そのあとで傘を貸してよ」
モッチーに傘が一本しかないのは確認してる。もう騙されない。
「分かった。一緒には帰るよ。でも、先に行くのは雨野さんちね」
まったくもって、この男は。
「はぁ? 私が借りる側なのに? 女子だからって気を使ってんの? そういうの要らないんだけど」
「女子だからってわけじゃなくて、雨野さんを濡らすわけにはいかないよ」
自覚がないのか、平然とこんなことを言う。
きりがなさそうなので、甘えることにするか。
「分かった。それでいいよ。お言葉に甘えます」
あの日のモッチーとは逆で、本当は私の鞄には傘が入っているけど。
このくらいは、いいよね。私に嘘をついた罰だよ。ね、モッチー。
十年後(快晴視点)
雨に濡れないように肩を寄せ合って歩いていると、雫が不意に笑顔を向けてきた。
「ふふふ」
「何?」
「いや、思い出すなぁって。初めて一緒の傘に入った日、快晴ってば走って逃げちゃってさ」
いつの話を持ち出すのか。
それに、逃げたわけじゃない。傘を気兼ねなく使ってもらうための戦略的撤退だ。
「雨に濡れたい気分だから。どんな気分だよ。ナルシストか」
「(そんな気分が)あってもいいだろ」
雫が楽しそうに笑っている。
僕も楽しい。あの雨の日のように。
あるいは、あの時からずっと——。
どうか、この日々がこれからもずっと続きますように。
二人の傘に響く雨に、僕はそう願うのだった。