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老犬ジョンが吠えるとき…

作者: 咲くら


…本当に強い犬は、滅多な事では吠えない…。


初めてジョンを見た時、なんて惨めで情けない犬なんだろうと,十歳の僕はそう思った。

犬小屋も,ジョンと同じで今にも崩れおちそうだった。平屋の家の前には小さな庭があり、草があちこ家の中からろちろ生え、犬小屋をとりかこんでいた。

その小さな庭に、その日もジョンは寝そべっていた。小学校の帰り道に拾い集めた小石を、僕はその日も,小さな手に握りしめていた。

僕は小石をひとつ右手に掴むと,傷んだバナナの皮の様なジョンの体をめがけて,なげつけた。小石は、ジョンのお尻にめり込むように、当たった。だが、小石があたった音もしなければ、ジョンの泣き声もしなかった。

繰り返し僕は、小石を投げ続けた。だが、ジョンは時間が止まったかの様に,ずっと同じ姿勢のまま寝そべっていた。

「生きているのか、死んでいるのか、はっきりしろ!」と僕は叫ぶと、最後の石をジョンにめがけて、思いっきり投げつけた。

小石が、ジョンの左目の上に当たった。ジョンは地面にうずめていた顔をゆっくりと持ちあげると、のっそりの起き上がり,そばの犬小屋へもぐりこんだ。

ワンッのひと泣きでもしろ!とぼくは声をあげた。すると、平屋の中からゴソゴソと音がしたかと思うと、家の中からおじいさんがゆっくりと出てきた。

 「…ジョンよ、そろそろ散歩に行こうか。暑いのに小屋の中に入ったままだと、体に良くないぞ…。」

おじいさんはそう言うと、ジョンの首輪につながっている紐に手をかけた。そばに打ちこんである杭から灰色のねじり紐を抜き取ったが、ジョンは犬小屋の中で、じっとしたままだった。

 ..今日も駄目かぁ....。おじいさんはそう言うと,ジョンの首輪に繋がれていた紐を、杭に戻した。

僕は急いでその場を離れた。が、

次の日も、その次の日も、僕は日課のように、ジョンに石を投げ続けた。


 6月も過ぎ7月に入ると、まちにまった楽しい夏休みがやってきた。


 「みなさあん,いいですか。不規測な生活にならない様,早寝早起きを心掛けて、夏休みを過ごしてくださいね。

それから、最近のら犬がたくさんウロウロしているらしいから,みんな気をつける様にね。」と,担任のまち子先生が言うと、僕は誰よりも早く教室を飛び出していった。


 いつもの様に帰り道を石を拾い集め進んで行ったが、その日は、結局2,3個の石しか見つからなかった。これだけの石なんか,なんの役にも立たないや。

朝日神社の境内をうつむいて歩いていた僕の目に、足元の砂利が目に入ってきた。そうだ、今日は最後の日だし、この砂利をまとめてふりかけてやれ!


 坂道を急いで駆け下りていくと,間抜けなジョンが、今日もだらしなく犬小屋の前いた。見てみろ、今日は砂利だぞ。その間抜けな顔も、この砂利の固まりにはかなわないぞ。

これでも,くらいやがれ!僕はそう叫ぶと,右手いっぱいに握りしめた砂利の固まリを、ジョンの間抜け面に投げつけてやった。

 砂利は,ジョンの顔に命中した。しかし,ジョンはほんのわずかに首を振っただけだった。もう一回、くらいやがれ!と僕は叫ぶと、残りのの砂利をジョンの眼をめがけて、思いっきり投げつけてやった。

少しは痛みを感じたのか、今度はすごすごと逃げる様に犬小屋の中に入っていった。


 ....この根性なしの老いぼれ犬め、いつまでもいつまでも、そうしてうずくまっていろ。今日から夏休みだから当分こないけれど,安心するなよ。9月になったら、又毎日くるからな。これですんだと思うなよ!おまえが吠えるまで、絶対にあきらめないからな。


 そう言うと、僕はおばあちゃんが待ってくれている、長屋の家に帰っていった。

 8月に入ると、地域の朝日神社でお祭りが始まった。僕はいつもよりたくさんのお小遣いを母ちゃんとおばあちゃんに貰うと、小走りに家を出て、誰よりも早く朝日神社についた。金魚すくいや、タコせんべいを買って、僕は楽しんた。すこししたら友達もやってきて,みんなでわいわい話しはじめた。

いちばん人気のお店は、空くじなしの当て物屋だった。一等はラジコンだ。

ラジコンは無理だったけれど、3等の銀玉鉄砲を僕は手に入れた。

そうだ!銀玉鉄砲で今夜はジョンを仕留めてやれ。名案を思いついた僕は、人通りがすくなるのを待って、神社をあとにした。

老犬ジョンを仕留めに、神社から夜道へと、銀玉鉄砲を片手に僕は駆けだした。

 あの老いぼれ犬のジョンを、今日こそは何がなんでもこの銀玉鉄砲で,吠えさせてやるぞ!と、意気盛んにいた僕だったが,いきなり地獄に突き落とされた。なんと目の前に、真知子先生が注意を呼びかけていた,大きな黒い野良犬がいきなり現れた。


 そいつは、あの野良犬独特のごつごつした体つきだった。狂った様な顔で舌を出し、目の前の獲物を,そう僕自身を睨めつけながらゆっくりとこちらへ近づいてきた。


 ....殺される....噛みつかれる....噛み殺される........。僕の手から銀玉鉄砲がカチャンと落ちた。両手両脚がブルブルと震えはじめた。そんな僕に追い討ちをかける様に、そいつの後ろからもう一匹,野良犬があらわれた。最初の野良犬より小さかったが,そんな事は今ではもう関係ない。とにかく2匹の野良犬の餌食に、僕はなろうとしていた。


 .....あぁ,もうだめだ....殺されちゃう....。僕はその場にへたりこんだ。と、その時だった。野良犬の中でも,いい犬もいるものだ。小さい方の野良犬が,まるで僕を護るかの様に、大きな野良犬と僕の間に立ちはだかった。その小さな野良犬は,大きなごつごつした体の野良犬に向かって,吠えはじめた。


 ワオ~~ン,ワオ~~ン,ワオ~~~ン,と。その吠え声たるやいなや、日本中の犬が目を覚ますと思える程,太く逞しい堂々たる吠え声だった。だけどいくら吠えても、何倍もある大きな野良犬に対しては、何の効果もなかった。大きな野良犬は僕に噛みつく前に、小さな野良犬にとびかかった。


 ワオーン,ギャウ~ン,ガャオーン,ギャ~ン,ワォーン,と僕の前で死闘が繰り広げられた。大きな野良犬相手に小さな野良犬は吠えまくり、飛びこんでいった。まるで大きな虎と小さなねずみの戦いだった。


 それでも小さな野良犬は,最後の最後まで僕を助けてくれるかの様に、激しく吠えながら闘ってくれた。しかしとうとう、首もとを噛まれたまま,ぐったりと倒れた。

小さな野良犬が血まみれにならながら倒れると、大きな野良犬は次の目標である僕に顔を向けた。狂った眼でよだれを垂らしながら,僕に近づいてきた。


 腰の抜けた僕は、へたりこんだまま全身をぶるぶると震れせていた。.....噛み....殺さ....れる.....と、その時だった。僕の背後から車が走ってきて,ライトを照らしたまま止まった。大きな野良犬は明るいライトの光にびっくりしたのか,走リ去っていった。


 どうした坊主?大丈夫か?と言って、軽トラックからおじさんが出てきた。と、同時に前方からよれよれとした足どりで,男の人がこちらに向かってくるのが見えた。その男の人は、ぐったりと倒れこんでいる野良犬の前までくると、叫んだ。

 …おぉ、何て事だ....。

 その男の人の声をきくと、血まみれになった小さな野良犬は、最後の力を振り絞るかの様に、ゆっくりと立ちあがった。

 車のライトに照らしだされた小さな野良犬を見るや、僕は息が止まった。

そう、大きな野良犬から僕を護るために、カの限り吠えて闘ってくれたのは、紛れもなく、あの老犬ジョンだった。

 その夜、僕はどうやって家にたどりついたのか、覚えていない。 

 はっきりと覚えているのは、ライトに照らし出された、勇敢なジョンの姿だけだった。


 怖さとショックのあまり、僕は3日ほど家を出なかった。だけどジョンの事が気になり,おじいさんの家をおそるおそる訪ねた。

 家のまわりをうらうろしていると、僕の様子に気づいたのか、家の中からおじいさんが出てきた。僕がもじもじとしていると,あぁ、この間の坊やか。と、言ってきてくれた。僕がこくりと頷くと、おじいさんは門扉を開けて、犬小屋のある小さな庭に入れてくれた。


 ジョンは、ジョンは?と僕がきくと,おじいさんは優しい眼差しを浮かべながら、大きな青空を目を向けた。それがどういう事か,子供の僕にも分かった。

そう、ジョンは天国に召されたってことが.....。


 僕は今までしてきた事を黙っていられなくなり、石を投げ続けた事を涙ながらおじいさんに話した。

 ....正直な事は良いことじゃ、と言い

おじいさんは話し始めた。

‥..あの夜,ジョンの吠える声が急に聞こえてのう..何事かと思いわしが庭へ出ると、ジョンのやつ、つながっていたあの棒をへし払ってのう、柵を超えると表へ飛び出していったんじゃ。 あんなカがまだ残っていたとはのう....。きっと、坊やを助けるのに必死だったんじゃろう。あの吠え声をきいただけで,わしは満足じゃ。ジョンも、最後に人助けができて、きっと喜んでるはずじゃよ....。

 もはやジョンは,老犬ではなかった。僕の中では、チャンピオンの中のチャンピオンになっていた。


 あの晩,僕を助ける理由なんて全くないのに、ジョンは僕を、野良犬から必死で護ってくれた…。


 お祭りがくる度に,僕はジョンの事を思い出す。ジョンは確かに老犬だった。だが,立派な老犬だった。


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