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第5話 マガツキの爪

 そして数十秒も経たないくらいに戻ってきた。その手には、巫女や神主などがお祓いに使う道具である大幣(おおぬさ)が握られていた。



「これが扉なんだ。ここで良いかな?」



 辺りをキョロキョロ見渡して、沙月さんは中庭の中心に大幣を突き刺した。


 そして大幣の紙が、あろうことか天に向かって伸びていく。ズンズン伸びていくたび、丸みを帯びていく。


 出来上がった形は、まさしく門だった。しかもその門の向こうは、こことは全く違う、歪な世界だった。



「危険だから、これ持ってて」


「これ、お守り?」


「下手したら突然戦闘になるかもしれないから。それがあれば絶対大丈夫」



 ただの紫色した、ただのお守りにしか見えないんだけど。本当に大丈夫なのかな。


 いや、沙月さんがこう言うんだ。大丈夫じゃないわけがない。



「分かりました、大切に持ってます」


「ありがとう。じゃあ行くよ」



 木も建物も光も、暑くも寒くもない空間へ、僕と沙月さんは踏み入った。


 ただ荒れ果てている世界。まるでゲームに出てくる異次元みたいだ。紫色の空に、何にもない大地。


 だけど、何かの気配はする。というより、おびただしい殺気ばかりを感じて仕方がない。



「ここは『マガノ』。マガツキが住む、私達がいる世界の裏側に位置する世界」


「マガノ……まさかいきなり実戦しろってことですか⁉︎」


「違う違う、ただどういう風に戦闘するかを見てもらいたいだけ」


「それなら良いですけど……」



 右も左も分からないのに戦闘なんかさせられたら、たまったもんじゃない。まあそんな死と隣り合わせのオーダーをしてくるような人じゃないか。



「見える? あそこの空」


「見えます…? あそこだけ光が?」



 ただ紫色をしたモヤに包まれているだけの空の中に、一筋の光が差し込んでいる。


 まるで雲間から差し込む光のようだ。



「あの光の向こうは、私達が暮らす世界に繋がっているの。なにより厄介なのは、あの光は私達の世界からあらゆる念を送り込んでいること」


「あらゆる念って?」


「喜びから悲しみ。更には誰かを恨んだり妬んだりする心まで。マガツキは負の感情を得て強くなっていく」



 じゃあ、あの光がある限りはマガツキはずっと強化され続けるってわけか。



「でも、マガツキがいくら強くなっても、この世界からは出られないはずじゃ?」


「言ったでしょ? 私達の世界に繋がってるって。力をある程度持ったマガツキは、その光の先を追うに決まってるじゃない。もっと美味しいご馳走が待ってるわけなんだから」



 言われてみればそうだ。自分にとってのご馳走が流れて続けてくるわけなんだから、その先を目指すのが本能かもしれない。



「あの光の管理こそが、私達陰陽師の役目なの」


「だったら消せば良いだけなんじゃ……」


「バカ、そんな簡単な問題だと思うの?」


「で、ですよねぇ……」



 僕みたいなやつにでも思いつく答えが、正解なわけないか。



「まあ消せたら良いんだろうけどね。消せないの、あれは」


「消せない…かぁ」


「行くよ。止まってたらそれこそ危険だからね」



 マガノの危険性、何も知らないからなぁ。そう言われても危機感持てないよ。



「大翔くん。君の家を壊したマガツキだけど……多分、この世界にいると思う。私が深傷を負わせて、逃げていったから」


「そう、ですか。でも、どうして今それを?」


「あのマガツキは、大翔くんの顔を覚えているはず。それに大翔くんの中にいる悪魔の力を取り込めば最強になれるからね。良い獲物ってことだよ」



 僕にとって、これ以上にない恐ろしいことを、沙月さんはスッパリと言い切った。



「じゃあ、僕は来ないほうが!」


「ううん。悪魔の呪縛から逃れて、自分の物のように操れるようになる方法があるんだ。それをやってほしいの」


「そんな方法が…? でも危険なことに変わりないんですよね」



 ハッキリ言って、僕はあのときの炎やら悲鳴やらが忘れられない。ただただ怖くて、ひたすら瑞稀と走って。何もできない自分を、あれほど憎んだこともなかった。



「大丈夫。そのお守りがあれば、害はないから。ほら、時間が惜しいし行くよ!」


「え、ちょ!」



 沙月さんは僕の右手を引いて、歩き始める。遠慮知らずの彼女の手が強く僕の右手を握る。


 それだけで、僕は脱力していた。僕の身体を、完全に沙月さんに委ねていた。





 沙月さんに引かれて、どのくらい走っただろう。だけど不思議と疲れとかは感じない。


 そうして辿り着いたのは、さっきと同じ一筋の光が、たくさん降り注ぐ大地だった。



「え……こんなにたくさん⁉︎」


「そう。ここが私達陰陽師の守るべき場所。さっきの光は陰陽師の力を合わせて作った、いわゆる囮おとり」


「囮……それって、僕達の世界への影響は?」


「……特にないから気にしなくて良いよ」



 すぐに言葉を返さなかった沙月さんを気にかけようとした、まさにその時だった。



『ミヅゲダァァァ!』



 背後から狂ったような声がした。日本語のようにも聞こえるけど……もしかして。



「ジュリョク……ウマイ」


「なんだ、生まれて間もない小鬼じゃない。ビックリして損した」


「で、でもマガツキってことに変わりないですよ!」


「そうだけど、これくらいのやつなら生かしておいて問題ないと思うよ? まだ何もしてないわけだし」


「いやいやいや! これから害になるんですよ⁉︎」



 たしかに、まだ何もしてないだろうけど、だからってマガツキってことに変わりはない。


 それなのに生かしておこうって、何考えてんだこの人。臭いものには蓋をしろって、昔から言われてるのに。



「じゃあ聞くけど、人を殺した親を持つ子供は殺す?」


「そ、そういう問題じゃなくて! 僕達の世界で言えば、ここはスズメバチの巣の中! コイツは幼虫! 分かりますよね?」


「そうかもだけど、スズメバチは縄張り意識が強いだけで、手出ししなきゃ有害じゃないでしょ?」



 それもそう。だけど、マガツキは違う、見境なく人を殺すようになる。なんで通じないんだ?



「良い? ただマガツキを殺すだけが陰陽師の役目じゃないの。均衡を保つことが、本当の陰陽師の役目。マガツキにとっての役目は、呪力を得て、人間を襲うこと。その繰り返しを保つのが、陰陽師。ただ殺すだけじゃ、私達もマガツキと同じになるけど?」



 淡々と説明する沙月さんの言葉に、何一つ曇りはなかった。それで、ようやく僕は納得した。


 それに、このマガツキは光を浴びるだけで何もする気はない。あぁ、小鬼程度なら可愛いもんだな。



「ウマカッタ、カエル」


「ね? 無害でしょ」


「そうみたいですね。でも……なんか気に食わないというか……」


「最初はそうかもね。人を襲うマガツキを滅することなく、人間との関係を保つ。私も、最初は気に入らなかった。でも、もう慣れちゃった」



 そっか、なんだかんだ言っても沙月さんだって人間なんだ。悩んでも、慣れちゃうものなんだな。



「さて。この世界についての説明は終わったし、かえ--」


『あら、人間? 呪力を得ようかと思ったけれど、これは好都合かもしれないわね』



 え、また? って待て待て。今、僕達のことを「人間」って呼んだ? それに「好都合」って、まさか。



「大翔くん、私の後ろに」


「は、はい!」



 尖った声で、それでいて落ち着いた声で沙月さんは僕を背中へ寄せた。そのおかげで、声の主の姿を目に映せた。


 人間のような見た目の、オレンジ色の髪をした、額から1本の大きな角を生やして、鋭い緑色の瞳をしている。


 パイプタバコを手にしながら、服装は紫色のつなぎを着ている。



「それでいてどちらも美味しそうだねぇ」


「ふぅーん……ちょうど良いや、紹介するね」


「なっ、アンタ、このアタイに喧嘩売ってんのかい⁉︎」


「喧嘩っていうか、ちょうど良いから説明させてもらおうかなぁって」


「やっぱり喧嘩売ってんね! こっちだって都合が良い、アンタから食ってやるよ!」



 そう張り切って駆け出したマガツキの女。その形相で、僕はあの炎を思い出した。恐怖で足を震わせた。だけど段々と沙月さんとマガツキの距離は縮まっていく。それを目にして、僕の心はあの日の恐怖に覆われた。



「んなっ⁉︎ なんだい、これは⁉︎」


「ひ、大翔くん?」



 僕の目に映る景色。それは、ただ真っ暗だった。でも声は聞こえる。沙月さんの声が聞こえる。


 それだけで、僕は満足した。1人じゃないということが、強く感じられた。


 そして、僕の心臓がドクンと強く脈打つのを感じた刹那。目の前を覆っていた闇が、光と混ざっていく。



「これ……もしかして!」


「チィ、厄介なやつがいたもんだ。ここは逃げさせてもらう!」



 女は僕の目に映ることないまま、どこかへ走り去ったようだ。


 だけど僕が今どうなっているのか分からない。



「大翔くん。やったね!」


「え、何がですか?」


「これでバッチリだよ! お守り、効いたんだよ!」



 そういえば、握っていたはずのお守りがない。いや、あるにはあるけど、布が破れて中身は空っぽになっていた。



「実は、あの中にはマガツキの爪を入れておいたんだ」


「マガツキの爪⁉︎ 何でまたそんなものを……」



 そう聞いて、僕はすぐにそのお守りを手から離した。軽い布は、ゆっくりと地面に舞い落ちた。



「そういえば、中身はどこに?」


「大翔くんの中」


「へ⁉︎ 早く取り除かないと!」


「落ち着いて。とりあえずここは危険だから、戻ろ」



 慌てる僕を横目に、沙月さんはさっさと門に戻って行こうとする。


 あんなに自信満々で言うんだから、何の問題もないはず。信じよう、沙月さんのことを。

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