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残酷な世界

 女神教とはこの世界における唯一神を信仰する宗教であり、教義の多くに他者を愛し慈しむ事が語られている為に強く女神を信仰する者たちは皆、優しく愛に満ち溢れた者達が多い。

 だが時代の流れにおいて女神教と対立する新興宗教や、今現在人類を脅かしている魔物とその統治者『魔王』による脅威を女神の加護によって打ち払う役割を担う者達が生まれ始め、彼女達は『バトルシスター』と呼ばれる職を授かり日夜、各地で戦いを繰り広げている。


「なんだと!?エマの乗った馬車が行方不明!?」


 そんな彼女達が集う教会の中でも、最も権威あるとされる『中央女神正教会』にらしくない怒号が響き渡る。

 声の主は黒いシスター服に身を包み、動き易くするためかスリットの入った部分から覗く鎖帷子とその背に背負われている真紅の大鎌が特徴的な切れ目の美人であり、平日であれば誰もが見惚れる美しさなのだが今は憤怒が見て取れるほどに周囲を威圧していた。


「は、はい……どうやら末端のシスターだからとよくある話で片付けられてしまい、今になって名を確認し第二席の妹様だと気がついた様でして」


「……異教徒共や魔王に統率された連中では無いからと楽観視したか。場所は何処だ!?私が探しに──」


「それはダメだよ。グリゼルダ、君には此処に残って邪神の脅威に備えて貰うのだから」


 静かな言葉が発せられた瞬間、グリゼルダを除く全ての者達が彼女から発せられる怒気が軽くなった様に感じられた。

 それは今、この瞬間に現れた第一席の彼女によって齎された無意識の救いによるものであり、苦しい逃げたいという感情から解放された為である。


「……何故だ。テレジア」


「分かっているだろう?強さで言えば間違いなく君が一番だ。此処を離れて王都が異教徒共の手に落ちれば多くの犠牲が生まれるよ」


 グリゼルダの後方に伸びる階段の先、女神の姿が描かれているステンドガラスを背に佇むテレジアの姿は描かれた女神と瓜二つのもので微笑みを浮かべている女神とは違い、無表情のまま開かれている翡翠の瞳はグリゼルダだけを映し何処までも淡々と語る。

 

「遥か天上の外殻その更に上に座す我らの女神は多くのを死を望まない。だけどこの世界は神の愛あれど万人が救われる事のない残酷な世界だと君は知っている筈だグリゼルダ」


「だがっ!!妹は私以外に頼れる者もいない……それに私と違って武器も握る事が出来ないほどに心根の優しい子だ!」


「そうだね。でもダメだよグリゼルダ。天秤は常に重い方へ傾くべきなのだから」


 グリゼルダの叫びはテレジアには届かない。

 人の子として育ったグリゼルダと女神の写身或いは、分体として育て上げられたテレジアでは価値観が圧倒的に違っており個人に向ける愛をテレジアは理解出来ないのだから。


「くそっ!」


 故に理解を得られる事はないと悟ったグリゼルダはテレジアに背を向けて走り出そうとするが、その瞬間白い剣の様な物が無数に彼女の進路上に突き刺さり、その行動を阻止する。


「君の武は誰よりもよく知っている。だからこそ君は第二席の座に着いているのだから」


「……意地でも行かせないって訳テレジア」


「君はわたしの護りを破る事は出来ない。だからそこで大人しくしているんだ」


 第二席が圧倒的な武を振い信徒達の脅威を打ち払う存在であるとするならば、第一席であるテレジアは堅牢な護りで信徒達を脅威から守るのが役割である。

 金色の髪を逆撫でながら燃る様な真紅の瞳で睨みつけるグリゼルダと、膨大な魔力によって灰色の髪が浮かび上がり何処までも冷え切った翡翠の瞳で見つめるテレジアの両名は互いの力をぶつけ合わせ様として──


「報告っっ!!王都東門にて邪神の降臨を確認!!すぐに対応をお願いします!!」


 ──最も嫌なタイミングで現れた邪神へと対応を迫られる事になる。


 そんな人類のこれからを決める決戦の裏で、誰にも語られる事のない小さな小さな脱出劇が始まろうとしていた。









「オキテ、いるか?」


「んっ……んぅ?ゴブリンさん?」


「しズかニ」


 ゴブリンにとって最も眠い昼間の内に、見張りの寝ぼけたゴブリンを音もなく殺して疲れているであろう彼女を起こすと予想通り、少し寝惚けた声が返ってきたので片手で口を押さえる。

 この程度の声量では起きないとは思うが可能な限り、起きる可能性は排除した方が良い……俺達ゴブリンも、そして捕まっている女性達も。


「……アナタをニガス。ツイテキテくれ」


「!!」


 そりゃまぁ、突然こんな話をされれば驚くよなとちょっとくすぐったい手のひらを感じつつ思う。

 事前に話す機会があれば話す事も考えたが、もしも他の人達に聞かれてしまうとそれだけで破綻する可能性があるし少なくともあのホブゴブリンは人間の言語も理解出来るだろうから結局、実行する瞬間が良いと思ったんだよな。


「こえオサエテ」


「……分かりました。でも、貴方の立場は」


 ……本当に優しいなぁ、こんな時に俺の心配をしてくれるなんて。

 

「タイジョウブあんしんシテくれ」


 ゴブリンは馬鹿ばっかりだし案外、バレずに生きていけるかもしれないしまぁ、バレて殺されたとしても君を逃す事が出来るのならそれで良いともう覚悟は決めたから。

 それでも心配そうに見てくる彼女の視線を無視して、彼女の足枷と鉄球を結ぶ鎖をその辺でついさっき捕まえて来た青い液体でぷよぷよしてるスライムに溶かさせる……コイツらは瀕死になると捕食本能が働くのか結構、なんでも溶かす酸性になってくれるから割と便利だ。


「フンッ!」


 役目を終えて襲い掛かろうとする瀕死のスライムの核を粗末な槍で突いて、トドメを刺してから彼女を立ち上がらせると、やはり筋力が衰えているのか少しふらついてしまう。


「これくらいなら……平気です」


「ムリをサセル」


「ゴブリンさんほどじゃありませんよ」


 そう言って微笑む彼女の手を優しく握り、ゆっくりとしかし可能な限り早く引っ張って歩く。

 俺達ゴブリンは夜目が効く為に明かりが一切ないこの巣穴でも自由に動けているが、人間である彼女は自分の足元すら満足に見えていないだろうから、躓くものがないかどうかなどを慎重に確認しながら導くのと並行して起きている連中が居ないかどうかに目を配る。


「……いつから計画してたんですか?」


「……」


「私を抱いてからですか?」


「っっ」


 なんで分かった……俺は何も言ってないのに。


「分かりますよ。ずっと見ていたんですから」


「ズット?」


 よし、ホブゴブリンの奴はイビキを響かせながら寝ている……他の連中も静かだな、これなら見張りをしている奴を殺すだけで済みそうだな──なんて必死に思考を逸らしている俺だったが次の瞬間、思わず彼女の方へと振り返ってしまう様な言葉が聞こえてきた。


「この地獄の中で貴方は私の救いで、今はヒーローなんですから」


「……ヒーロー」


「はい。以前、お姉様から聞いた流行りの本で描かれている英雄を指す言葉らしいです。格好いい響きですよね」


 俺は……そんな格好いい存在じゃないよ。

 多分、本当にヒーローだったら君がこうなる前にあの日の馬車で君を気絶させる事なく、ホブゴブリンごと纏めてゴブリンを殺している筈だから。


「……あぁ、イイひびきダ」


 それでもそう在れればどれだけ良かったかという未練だらけの言葉で返事し前を向く。

 大して大きくない巣穴だ、此処まで来れば薄らと明かりが差し込んでいるのが分かりその眩しさに少しだけ顔を顰めながら、彼女を近くの岩場に隠す様に座らせる。


「スコシまっててクレ」


「はい」


 腰に装備している粗末な斧を握り締めてゆっくりと気配を殺しながら、巣穴の入り口へと向かい見張りの様子を伺うと片方は欠伸をしており、もう片方は槍を支えに完全にうたた寝を始めていた。

 こうなれば狙うべき方は簡単で欠伸をしている方へと静かに近づき、後ろから腕を伸ばし口元を抑えながら粗末な斧を首に押し当てて殺す。


「グギィ……!?」


 驚いた様に俺を見るゴブリンと視線が合い、奴はゴキリという音共に首が折れて絶命する。

 ん?コイツ、人間が持っていた武器を持ってるな、相変わらず手入れをされていないから錆びているがこの斧よりはマシだな。

 錆びた短剣を拾い上げ、今度はそれを使う事で悲鳴の一つすら上げさせずにうたた寝している奴を殺し、粗末な槍を拾い上げながら彼女を迎えに行く。


「つえカワリニハなる?」


「そうですね……少し低いですけどさっきよりは楽です」


「よかっタ」


 槍を支えにする彼女を連れて今度こそ完全に巣穴の外へと出ると、憎たらしいぐらいに光り輝いている太陽が俺達を出迎えてくれる。


「……ソノしげみヲこえてマッスグあるけば、ミチニでる」


「ゴブリンさんは……」


「オッテをミハル。だからココデさようなら」


 巣穴にも罠を仕掛けてあるし、念のためこの付近にも仕掛けてある。

 彼女が引っ掛かる可能性もあるが、人間には分かりやすい仕掛けだから気がついてくれる事を祈るしかない。


「そんなカオをするな。ワラッテくれ」


 だから君が今にも泣きそうな顔をする必要はないんだ。

 これは俺の罪であり、今更の償いの様な自己満足なのだから勝手に俺が命を賭けているだけ、君はこんなゴブリンのことなんか忘れてくれ。


「──はい。ゴブリンさん、お元気で」


「あぁ」


 ──今にして思えば、この脱走が順調に行き過ぎて慢心していたのだろう。相手はゴブリンで俺は中身が人間だからと下に見ていた。

 

 歩き出した彼女を見送り、何処か晴れ晴れとした気持ちで巣穴の方を眺めている時だった。


「きゃあ!?」


「っっ!?」


 この世で最も聞きたくない悲鳴が聞こえ、反射的に振り返った俺の視線の先で宙を舞う彼女の姿があった。

 何が起きているのか全く、分からない理解したくない俺を他所に彼女はそのまま、地面へと落下するとぐったりと動かなくなってしまう。


「──なに、が」


「オマエ ウラギル ヨンデタ」


 仕掛けておいた罠が発動する音と共にゴブリンの悲鳴が聞こえる中、俺の目の前に現れたのは眠っていた筈のホブゴブリンであり、奴の右手に俺が作った槍が刺さっている事から罠を無理やり抜けてきたのだと何処か冷静な自分が分析し──残酷な現実を理解し、俺は。


「ァアアアアアアアアア!!!!!」


 喉が裂けんばかりに叫ぶのだった。

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