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脱出の準備

 自分が嫌になるほど彼女を抱いた次の日、俺はこの巣として使われている洞窟の中を隈なく調べ上げる事にした。先ず、作りとしては単調と呼べるもので普段の出入り口から真っ直ぐ進み続ければホブが居るボス部屋とも呼べる空間へと繋がっており、そこから左右に伸びる形でゴブリン共の詰所と母体の管理部屋が存在している。

 道中にも分かれ道はあるが、恐らく松明程度の灯りがあれば数歩進むだけで簡単に行き止まりに辿り着くぐらいには、奥行きがなく俺が望んでいた正面以外の出入り口は見当たらなかった。


(そう簡単に逃げられる道はないか……)


 それでも今までずっと座り込んでいただけの俺では、気付けない事にも気がつけた。ゴブリンにとっての昼である夜には多くの連中が起きているが、朝には大半が爆睡しておりちょっとやそっとの物音では起きないし見張りも連中も寝惚けてる率が高いと分かったのは少しだけ希望が持てる。

 ……最悪、ホブ相手に時間を稼げばどうにかなるかもしれないまぁ、俺は死ぬかもしれないが。

 

「ゴブリンさん。何か無謀な事を考えていませんか?」


(なんで気がつくかなこの人は)


 彼女の側で思考を巡らせていた俺も悪いと言えば悪いけどもゴブリンは人間ほど表情が豊かではない筈なんだけどなぁ……

 この地獄の中であっても変わらず美しさを保っている彼女から向けられる慈悲の心が宿った優しい眼差しから目を逸らす様に俺は彼女に通じる言葉を発さずに、いつもの様にタオルを絞り彼女の体に触れる。


「んっ……いつもありがとうございますゴブリンさん。お陰様で私も他の皆様も少しだけ長く生きられています」


「きニするナ」


「お礼を言いたかったのです。ゴブリンさんは自分自身ですら褒めてあげられないみたいですから」


「……」


 無理だよそれは。俺は君みたいに聖人じゃないし、むしろこんなになっても自殺を選べない程には生への執着心が捨てられない愚者だ……こんな奴に褒められる権利なんてない。

 だからこそ君が死ぬ前に逃す事ぐらいはしなくちゃならない。自己満足の罪滅ぼしとして。


「もぅまた暗い顔をして……せめて笑ってください。貴方が私の救いを祈ってくれた様に私も祈っているのですから。本人が幸せになる権利を放棄しちゃ駄目ですっ!」


「そう、ダナ。キヲつける」


「はいっ。是非、そうしてください!」


 彼女の言葉を否定する事も出来たが、それをしたところで余計に彼女を苦しませるだけと判断した俺は形だけの同意を示し、汚れた彼女の手入れを終わらせるとこっそりと外で仕留めてきたネズミを丸焼きにしたものを手渡して彼女の元を去る。


(準備をしよう。逃げるルートが一つしかないというのは、逆に考えれば敵の進行ルートも一つだけって事だ)


 見張りのゴブリンが眠た気に向けてくる怪訝な視線を無視して、すぐ近くにある森の中へと足を踏み入れて手頃な枝が落ちていれば片っ端から拾い上げて巣から見えない位置に運んでいき、ある程度の山になったのを確認したら次は川へと向かう。

 俺が何をしているかと言うと簡単な話、トラップを作る準備だ。ゴブリンに一から物を作る知性はないが、俺は別だ。こうして考えるだけの知性が転生してもなお、損なわれていないのだから利用するしかないだろう。


(まぁ、物作りの道を選んでいた訳じゃないから作る物自体はゴブリンと変わらないんだが)


 そんな独り言をぼやきながら川沿いにある手頃な石を拾い集め、日が沈み始める少し前に目標の数を集め切る事に成功する。途中で付近に住んでると思われる人間と鉢合わせそうになった時は、心臓が止まるかと思ったがどうにかやり過ごす事が出来た。


(今日は特に俺の仕事は任されていない筈だからここでゆっくりと準備をしよう)


 冒険者から奪った道具の中にあった刃渡りは短いけど、頑丈な作りのナイフを取り出して集めた枝の先端を鋭く槍をイメージしながら削っていく。感覚としては鉛筆削りをしている気分になってくるが、想像していたより難しいなコレ……ゴブリンの手が悉く、物作りに向いてない可能性もあるんだが削る力を間違えると折角、削った部分がポキっと折れてしまう。


(む、難しい……俺が不器用なだけか?)


 思っていたより難しい事に四苦八苦しながら進めていたが、完全に日が落ちて夜になり天高くに月──と思われるもの。実際のところ、俺が元いた場所と違う為によく分かってはいない──が上り更に沈み始める頃に漸く積み上げた山の半分を削る事に成功していた。


(……眠い……けど一先ず此処にこれらを隠して戻らないと……彼女を綺麗にしなくては)


 両頬を叩き無理やり意識を叩き起こしながら、バケツに水を汲んでから巣穴へと戻っていく。見張りのゴブリンは交代していたようでまたしても怪訝な表情をもらうが、汲まれているバケツを見てあぁ、あの綺麗好きかと通された。

 奇特なやつみたいな感じで見るんじゃないっての……まぁ、同類と思われる方が何よりも嫌なんだが。


「んっ……あっ……」


(……今日は長い日か。あぁ──本当に反吐が出る)


 女性達が管理されている空間へと向かうにはどうしても、兄弟や親父達が盛っている場所を通らなくてはならず基本的に盛りが終わる夜時間が過ぎれば皆、寝るはずなのだが時折こうして朝になっても続いている時がある。こういう時はどう足掻いても彼女らのすぐ近くを通らなければならず……それは俺にとって心が軋む時間だ。


「オワリダ カンリ ジカン」


 だが、どうやらこの日は違ったらしい。


「あぐっ……!」


「……あはは」


 ホブゴブリンの指示によって犯されていた彼女達が解放された。奴の視線は俺に向けられており、言葉から考えるに俺が来たから辞めたという事なのだろう。


「カンリ ナガツヅキ マカセル」


(……ははっ、分かったよ。どうせ頼まれなくてもやってる事だ)

 

 この野郎……俺がやっていた事を今になって多少の理解を示してきやがった。群れから外れてる奴を気にかけてるつもりか?ふざけんな……今更お前がどれだけ彼女達を気遣う素振りを見せようがそんなものは見せ掛けで俺の行為にどんな意味があるかなんてどうせ、殆ど理解してないんだろうが。


「……ゴブリン……さん……」


 あぁ……でも今は従うしかないと弱った表情を浮かべている彼女と目を合わせて理解する。せめて準備が終わっていれば反抗の一つぐらい出来るのにと奥歯を噛み締めながら彼女を立たせて、牢屋へと運んでいきいつもの様に座らせてから目立った外傷や病気の兆候がないかだけ見る。

 本当はこのまま彼女の手入れを最優先にしたいが、贔屓している個体がいると記憶されるのは不味い。


「マッテイテくれ」


「……はい」


 疲れ切っている彼女に取り敢えず飲み水としてバケツに入っていた水を一口だけ飲ませてから、他の女性達を運ぶが比較的最近に連れてこられた人ですら、既に狂い始めているのかまともに動いてくれず運ぶのに苦労した。


(本当は全員を救えたら良いんだが……そんな力俺にはない)


「ギィギァ?」


(ッッ!?骨弄りの兄弟か……いや、何も言っていない。気にしないでくれ)


「ギィア」


 危ねぇ……あの命令が出された以上、ここに寄ってくる奴は居ないと思っていたがこの兄弟は寄りつく可能性が高かった事を失念していた。

 俺の言葉を信じてくれたのか特にこれと言って興味はなかったのか、その手に新しい骨を弄びながら兄弟は去って行く……骨を弄る事の何が楽しいのか分からないけど新しいのを手に入れたってことはまた死んだのか。


(せめて死後は安らかに眠ってくれ)


 俺が外に出ていた間に死んだのであろう女性の死体を外まで運んでいき、簡易的な埋葬をするのも慣れてしまったものだ。準備を急がなければ……彼女がこうなる前に。


 そして三日後、準備は完了するのだった。

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