平穏は程遠く
「……暇になったな」
ドワーフの里で貸し与えられた部屋で、ただぼーっと外を眺める俺。
これでイケメンとかなら映える絵面になったのだろうが、現実はただのゴブリンよりは幾分かマシと言えるが醜いと呼べるゴブリン顔の男が黄昏ていると言うのだから残念がすぎる。
「ボルゴとも手伝いに行くと思ったんだが、連日連闘になってるのを知ったせいか一人で採りに行き、俺達が渡した素材を使って糾合手甲を作り始める仕事人振りを発揮してしまった……俺の武器を作って貰っているんだから気にしなくて良いんだが」
ボルゴは良い奴だ。
こんなゴブリンの俺なんかの為に武器を作ってくれるし、疲れているだろうと気を回して休める時間を作ってくれた。
だが、テレジアもそうだが俺は自分を最底辺の存在だと思っているからこうして優しくされるとどうやって時間を潰して良いのか分からなくなる。
「……いいや違うな。これはもう一種の脅迫観念だろう」
テレジアの見方をしようと決めてからは少しばかり落ち着いているが、俺はこの世界の何よりもゴブリンという存在を赦していない。
元より、救いとなってくれたエマを救えなかった俺に存在価値などなく、唯一存在価値があるのだとすればゴブリンを鏖殺し続けることだけ。
それ以外の時間など与えられて良いものではなく、この身は骸と成り果てるまで平和とは程遠い血と憎悪の道を進み続ける他にないと。
「……我武者羅も疲れる時があるんだな」
「……!!……!!」
「ん?なんだかいつもの賑やかさとは違う空気だな」
俺が行ったところで何か解決する事はないだろうが、状況の確認ぐらいはするべきか……ちょうど暇だしな。
「単なる監査と言うにゃあ、ちと物々しい雰囲気じゃねぇかい?ギルド長殿?」
「最近、色々と物騒じゃあありませんか。王都の治安もかなり乱れているとの話ですし。私の様な戦う術を持たないか弱い人間にはこれくらいの護衛が欲しいんですよ」
ドワーフの里の名所と言っても過言でもない大きな門の前で、長であるカナヤと三人の武装したドワーフ達がヴェニストニアのギルド長と名乗るシルクハットの男が引き連れている兵士達と対峙していた。
「商品が届かないとの話じゃろうが、既にその件には報告をしておる筈じゃ」
「えぇ。そのお話は聞いていますとも。まさかゴブリン共が馬車を襲い、私共が手配した冒険者達を殺し奪い去っていたとは予想外でした。原因解明には苦労を重ねた事でしょう」
「ふん。儂らとしても自分達の作品の価値を一欠片すらも理解しちょらん小鬼共を懲らしめただけじゃ」
武具の流通という点を通して、協力関係にある筈の両者であるが流れる空気は重たく、護衛に立っているドワーフの戦士達は肌をピリピリと刺すものを感じており気まずそうに視線を彷徨わせている。
対照的にギルド側の兵士達は何処か虚な表情を浮かべており、両者の間に流れている空気には全く気がついていない様子だ。
「流石の職人魂ですねぇ……では、捜索に人員を割くのは手間だったのではありませんか?」
「……」
カナヤの眉がピクリと動く。
言葉通りに受け取るだけであれば、ドワーフ側の苦労を労うものではあるのだがカナヤは言葉の裏にあるギルド長の思惑を感じ取ったのだろう。
「……なに、優秀な若者がおるからのぅ」
やや間があって答えるカナヤはドワーフ故の低身長で、見上げる形でギルド長の感情が見えない真っ黒な瞳を見つめるが彼が望む答えは読み取れず、僅かに顔を顰めた。
それはなにを考えているのか分からなかったという不気味さも孕んでいるものであったが、それよりも強烈な違和感が走った。
「おや、私の顔に何かありましたかな?」
「……ふむぅ。これは言って良い事なのか分からんのだが」
「ほぅ?」
「ギルド長。お主、そんな悪人面だったかや?」
ヴェニストニアのギルド長とは当然、面識のあるカナヤはじっくりとギルド長を名乗る目の前の男の顔を見た事で自身の胸の内にあった微かな違和感が増大したのだろう。
「ヴェニストニアの冒険者ギルド長は、巷でその顔がネタにされる程の優男じゃ。酒に滅法弱く、人の良さで人を纏め上げる男。お主の様な悪人面ではないし、ましてや自身の表情が疑われている事に全く気が付かない奴じゃよ」
ドワーフが自身の打つ武具に強い拘りがあり、商売よりも自身のプライドを優先すると幾度かの対話を通して理解したカナヤのよく知るギルド長は今までの取引よりも高く、武具を仕入れる事を約束する程の優男だ。
「腹芸なんぞ出来ん男やが、儂はそれ故に信用したんじゃ。どうして今までそれを思い出せんかったのか不思議じゃが、のぅ……お主、誰だ?」
「──ふむ」
「「ッッ!!」」
ただ一言、カナヤの言葉に関心した言葉を溢しただけだが控えていたドワーフの戦士達がカナヤを護る為に武器を構えて前へと飛び出す。
過剰な反応とも言える行動の裏には、彼らが積み重ねた戦士としての直感が告げていたのだ──目の前の男が危険であると!!
「積み重ねた人の功というやつか?やれやれ、私の偽装を単なる会話だけで見抜いたのは貴様が初めてだよ」
優男然としていた表情が禍々しい表情へと歪むと共に、ドス黒い魔力が立ち上り黒いスーツとシルクハットの格好へと変わり──深淵を思い浮かべる黒い渦が顔と呼ばれる部位に浮かび上がっていた。
「初めましてと言うのだったのかな。地を這う虫ケラ共よ。私はフェイカー。先ずは褒め称えよう我が虚飾をよく見抜いた」
「……のぅ、あの優男を何処にやった?」
「──さぁ?何処ぞの土に還っているのでは──「ふぅん!!」──ほぅ」
カナヤの姿がブレた瞬間、フェイカーが突き出した右手の掌に彼の積み重ねた年月を感じさせる皺のある拳がぶつかり合い──遅れてやってきた音が響き渡る。
音を置き去りする速度で振り抜かれた超高速の正拳突きであったが、その怒りをフェイカーへと直接ぶつける事は叶わない。
「おぉ、速い速い速いなぁ!だが、悪魔を打ち抜くには足りん……足りんとも」
「……」
「ちょうど良い。一つ聞くがね、女神の写し身……確かテレジアとか言う女を匿っていないか?此処らに配置した私の駒が消えているのだが」
「知らんっな!」
長い袖裏に仕込んでいた短剣が勢いよく飛び出すが、フェイカーはあっさりと顔を右に傾け避ける。
「「うぉぉぉっ!!」」
「……ふむ。では仕方あるまいな」
ドワーフの戦士達が挟み込む様にフェイカーへと襲い掛かるが、それより早く空いている左手でパチンッと指を鳴らすと先程まで、抜け殻の様に立っていた兵士達の姿が歪み──それぞれの武器を持つホブゴブリンへと姿を顕にした。
「なっ!?」
「ギィィアア!!」
咄嗟に防御するドワーフの戦士だが、不十分な体勢で受け止めたが故にホブゴブリンが誇る怪力を受け止めきれず、大きくその体勢を崩し片膝を付く。
その明確な隙を小賢しさにおいては、他の魔物の追随を許さないゴブリン種が見逃す訳もなく。
「「「ギィィアア!!!!!」」」
「ぐ、ぉぉぉぉお!?!?」
瞬く間に複数のホブゴブリンが襲い掛かり、ドワーフの戦士の屈強な身体を飲み込んでいき、徐々に抵抗と悲鳴が小さくなっていく。
「ハロルド!?」
「──ほら、気を逸らして良いのか?」
「ぐっ!?」
相方がゴブリンの波に呑まれていくのを見て、気が逸れるたドワーフの戦士。
「ギィィアア!!」
そんな彼に槍を振り下ろそうとするホブゴブリン──風切音が飛来する。
「ギ!?」
「──ゴブリン共は皆殺しだ」
状況が混沌を極めていく最中、騒ぎを聞きつけた【愚者】ゴブリン・ナイトが到着。
彼の投擲によって投げられた短剣は見事にホブゴブリンの眉間を貫き、殺しており引き抜かれたボルゴの剣が光を受けて輝く。
「──」
そんな彼を見てフェイカーの表情無き顔が、嘲笑う様に蠢いた。




