ダンジョン探索
「よーし!到着!!此処がダンジョンだよ」
「デカいな……」
ゴブリンの身体が小さいのもあるかもしれないが、見上げた先が見えないほどの大きな塔でアイリの話が本当ならこの金属光沢の様に輝く外観は金属とは違う未知の物質らしい……正に異世界ファンタジーって感じだな。
だが、この堅牢な外観には似合わない開放されきった入り口はなんなんだろうな。
門や扉の類はなく覗き込んで見れば普通にダンジョンの内側が見えるし、これ中から魔物が出放題じゃないか?少なくともダンジョン街なんてものが形成されるぐらいには栄えていた筈じゃ。
「ん?なにしてるの愚者くん」
「ん、あぁ。扉とかないのかと」
「あぁ、なるほどね。外にいる魔物が入る事はあるけど、ダンジョン固有の魔物はダンジョンの中でしか生きられないから外に出てくる事はないよ」
ニコニコと笑いながら返事をくれたかと思うと、ダンジョンに足を踏み入れた瞬間アイリの表情がスッと真顔に切り替わるのを見て少し驚く。
いやまぁ、当然と言えばそうなのだが冒険者として活動しているのだから真剣になるべき部分はしっかりと押さえてるよな。
俺も武器はいつでも抜ける様に構えて入るとしようか。
「……迷路だな」
「まっ、いつものダンジョンって感じだね。道は覚えてるから安心して着いてきて」
いつの間にか地図を取り出していたアイリの後ろを着いていく。
腰に付けてるポーチから取り出したんだろうな。
それにしても随分と周囲を警戒しているな……既に通った道を進むだけなら罠や脅威となる魔物の排除は済んでいると思うんだが違うのだろうか。
「質問は?」
「大声じゃなきゃいいよ」
「分かった。何故、そこまで警戒している?」
「ん?あー、罠の類は解除してるんだけどダンジョンだけに住んでる魔物って特殊でさ……ッッ、ちょうどいい。今からこの曲がり角の先にこの石を投げるからどうなるか見てて」
そう言って曲がり角に隠れる様にしながらアイリが小石を放り投げると、しばらくの間コーンコーンっと転がる音が聞こえるだけでなにも起きず彼女の顔を見る。
「……くるよ。耳澄まして」
言われた通りに耳を澄まし少しすると小石が転がっていった方向から聞きなれない音が聞こえてきた。
……なんだろうかこれ、不快な音……あぁ、似てるのならアレだ油を刺し忘れた自転車のチェーンが回転する時に出す不協和音みたいな金属音だ。
「……今回のは機械蝙蝠だね。アレに見つかると甲高い音で鳴かれて他の魔物を呼び寄せるから気をつけて」
「ダンジョン内でしか生きれない理由って」
「そ。あの機械仕掛けの魔物達はダンジョンで生まれて、ダンジョンから魔力供給を受けてる。だから外に出ると死ぬんだよ」
あの小鳥ぐらいの全身歯車で出来た姿を見れば、アイリの言葉にも納得がいく。
どう考えても自然の摂理からは逸脱した存在でしかなく、幾ら俺達魔物が進化する生き物とはいえあれだけ機械チックになる事はないだろう。
「次はダンジョンの魔物の倒し方を教えるね。と言っても多分、君なら見て覚える方が早いかな?」
「実力を認めてくれていると受け取る」
「あはは!正解だよ」
歯車が噛み合う独特な機械音を立てながら羽ばたく機械蝙蝠はよく見れば一定の間隔で同じ場所を飛び回っている様で俺の視線からそれに気がついたアイリはニコリと微笑むと、身体を屈めながら機械蝙蝠の背後へと近づいていき短剣を背中にあった赤い光を放つ部位へと勢い良く突き立てた。
『ギィ!?』
「……こんな感じでダンジョン固有の魔物は身体の何処かに核があるから忍び寄って、発見されずに破壊するのが一番効率的だよ」
「なるほど」
「ちなみに失敗すると沢山の魔物に囲まれるから気をつけてね!」
「……ゴブリンの筋力で壊せる事を祈る」
アイリはさほど力を入れている様には見えなかったが、ゴブリンの筋力は正直鍛えた冒険者には負けるレベルだろうから彼女が楽に壊したからと言って、俺が楽に壊せるとは限らん。
ホブとの戦いで多少、成長してるとは言え一撃で壊せなきゃ悲惨だな。
「多分大丈夫じゃないかなぁ……っと、歩きながら話そっか」
「そうだな」
ゴブリンに整理整頓という知性はないが、それでも遺品を可能な限り綺麗な状態で持ち帰るのなら早い方が良いという事をすっかり失念していたな。
連中にとって価値あるものは雌と武器防具であって、それ以外の使えそうな物は適当に弄って効果が出たら使うがそうじゃない限りゴミとして放置されるだけ……そしてそんな塵はゴブリンに踏まれたり糞尿に塗れたりしてどんどん汚れていく。
ほんと、この種族は知性がないよなぁ。
「愚者君はどうしてこの辺りに?」
再び現れた曲がり角で、向こう側を警戒しているアイリが雑談のネタを振ってくるが、別に何か目的があった訳じゃないんだよな……まぁ、偽る必要もないか。
「偶然だ。基本はゴブリンの巣を探してる」
「じゃあ出会えた幸運に感謝しなきゃね!」
「……ゴブリンにか?」
冒険者ってのは変わり者が多そうなイメージはあるが、アイリはその中でも一番じゃないのか?
彼女の様にシスターをする様な聖人ではないのにまさか、ゴブリンに出会えた事を感謝する様な人間、しかもゴブリンを生理的に嫌悪していてもおかしくない女性がいるとはな。
「ボクさ、結構人間の仄暗いところで育って来たからさ分かるんだよね。悪い奴かどうかって」
先頭を進んでいたアイリが一瞬だけ後ろを歩く俺を見て、小さく笑いながら言った。
「愚者君の目は悪い奴じゃない。ゴブリンにしては理性的で優しい目をしてるよ。あと、そうだねぇ折角だから踏み込むととっても悲しい色もしてるから、あぁこのゴブリンは誰か大切な人を失っているんだなって」
「……」
「あっ、気を悪くしたのならごめんね!」
「いや驚いただけだ」
同じ人間相手なら兎も角、ゴブリン相手に此処まで見抜くとは……かなり凄い奴なんじゃないのかアイリは。
良かった……敵対しなくて。
「アイリは凄い冒険者なんだな」
「え!?ボクなんてまだまだフローライト級で、初心者から一抜けした程度だよ……って、冒険者の階級を話しても分からないか」
「あぁ。だが」
「うん」
足を止めて背中合わせになる俺たち。
アイリは短剣を、俺は使い慣れた手斧を構えて聞こえて来た音の正体を待つ。
『……グルル』
歯車仕掛けの狼……名付けるのなら機械狼ってところか?
「こっちは三体だ」
「同じく。機械狼の弱点は額にあるコアだからそこを狙ってね」
「了解した」
言われてよく見れば連中、目に該当する部位がないな……アレか?コアを単眼代わりに使っているんだろうか?
……まぁ、そんな仕組みなんてどうでも良いか、壊せばガラクタだ。
「背中は預けるからね」
ゴブリンには随分と大きい期待だな。
だがまぁ、此処で弱音を吐くのは男じゃないよな。
「任せろ」
「ふふっ」
アイリの笑い声を合図に機械狼へと向かって走り出すと、向こうの探知範囲に入った様で遠吠えを一斉にあげそうな動きを見せる──プログラムされてる動きってわけか?悠長だな。
「ふっ!」
『ガッ!?』
手斧を投擲し、遠吠えしようとしていた一匹を先ずは葬り残った二匹の噛みつきを避けながら死体から手斧を拾い上げて、背後から聞こえる足音を頼りに振り返り勢いよく手斧を振り下ろす。
武器を早々に手放し、背を向けた獲物が反転するとは思っていなかったのか俺に噛みつこうと大口を開けていた奴のコアを砕きながらソイツに隠れる様にして最後の一匹の攻撃避ける。
『グルル……』
流石に一匹となれば警戒する知性もあるか……ゴブリンなら考え無しに向かってくるか逃げの一択だから楽なんだがな。
「まぁ……」
『!ガァァァァァ!!』
「背を向けるだけで良い。楽だ」
所詮はダンジョンで生まれる魔物、そこに生きようという執念が無ければ目の前で獲物が隙を晒すだけで食い付いてくると思ったよ。
手斧を両手で握り締め、力一杯に振り返りながら振り下ろし最後の一匹を絶命させる。
「んー、やっぱり戦い慣れてるね愚者君」
「……拍手しながら褒められてもな」
俺が戦い終わるより早く決着をつけて、こっちを見守るだけの余裕があった人に褒められてもなんだか喜んで良いんだか力の差に怯えるべきか迷う。
「よーし、じゃあこの調子でどんどん行くよー!」
「おー」
まぁ、戦い方を盗めるのなら良い機会か。




