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されど彼は生きる

 あの日から三日が経ったが、変わらず俺は生きている。

 彼女の亡骸を日本のやり方で悪いが、穴を掘った土の中に埋めてあの戦いの中で手頃な大きさに砕けていた石を何個か積む事で墓として弔い、いまだに弱い俺の心の支えとする目的で頭のなくなった女神像を勝手だが遺品として貰い受けた。

 

「見つけた」


 馴染んだ口は短文であれば、今までと同じように言葉を発する事が出来るようになったしよく分からん声に従って進化とやらをした結果、ほんの少しだけ背が大きくなった。

 おかげで色々と武器を持ち運ぶのが少し楽にはなったが、『愚者』て……そんなもん自分が嫌になるほど自覚してるってのに世界レベルで認められたらしい。


「見張りは……二体か。巣として使ってるのは……樹洞か?……奥に広がっている?」


 まぁ、なんであれどうでも良いさ。

 俺が愚者であろうとなんであろうと、ゴブリンを殺せるのならなんでも良い。

 ……入り口が樹洞なら、燃やしたいところだがそんな便利な魔法も道具も持ち合わせていない以上、いつもの様に単身で突撃していくのが丸いか。


「武器は……拾った剣といつもの斧……投げナイフが2本か」


 鉄製の武器があるだけ有難い。

 その辺の道で死んでた冒険者から拝借したものだが、壊れるまでは愛用していきたいぐらいには手入れが行き届き、錆や歪みがなくて振いやすい大きさだ。


「あと数時間もすれば太陽は沈む……まだゴブリンにとって眠い時間だ」


 ゴブリン鏖殺を掲げてからたというもの種族の性質を無視して、人間だった頃と同じように夜に眠り朝に起きる事を習慣にしてる俺は本来、眠いはずのこの時間でも問題なく動ける。

 以前なら本能のせいで眠る事なんて出来なかったが、進化した影響だろうな例の声と共に叩きつけられた愚者ゴブリンの説明の様なものがコレだ。


 愚者・ゴブリン

『本能で群れる進化を選んだ筈のゴブリンが、この広い世界相手にたった一体で立ち向かう事を選んだ姿。ゴブリンは群れるからこその脅威であり、一体ではさしたる脅威はない。

 しかし、それが故に生き残り力をつければ未だ見えぬ地点へと手が届く……かもしれない』


 どうでも良いけど、俺のこと凄く過大評価してないか?

 単なるゴブリン嫌いのゴブリンみたいなもんだと思っているんだが、一人で生きていくと決めた以上ある程度融通が利く進化を遂げたのだろうと解釈しておく……そもそもなんなんだこの声の正体は。


「……考えるのは後だな」


 自分の中にある歯車がカチリと音を立てるイメージと共にスゥゥっと頭が冷え切り冴え渡るのを自覚する。

 この感覚にもっとも近いのが、ホブゴブリンを殺した時で流石にあの時ほど深度がある気はしないがそれでも猪の毛皮で作ったズボン擬きから引き抜いた投げナイフが外れる気は一切しない。


「喉」


 手元から離れたナイフは思い描いていた理想通りのコースを辿りながら、狙い通り見張り番のゴブリンの喉を貫き奴は何が起きたのか理解出来ず、そして隣でうたた寝をしているもう一体のゴブリンに危険を告げる事も出来ずその場で崩れ落ちた。


「ギィ?」


「──ふっ!」


 流石に力なく肉体が崩れる音には気が付いたようで隣へと視線を向けるが──遅いんだよ、行動の全てが。

 剣を振り抜くと共にゴブリンの頭部がクルクルと回転しながら宙を舞って、ぼとりと落ちるのを見届けてから残った身体を蹴り飛ばし樹洞を覗き込んでみる。


「下り坂……別の魔物が巣に使っていた場所か」


 ゴブリンに居住性を考えて穴を掘るなんて知性はない。

 下へ下へ掘ったところで、自分達が上がる事が出来ないか途中で崩れて生き埋めになるのが関の山……人間と同じで両手を使えるのになんでこんなに馬鹿なんだろうなゴブリンって。


「緩やかな下り坂……ゴブリンが乗っ取るには最適だな」


 そして俺にとっても有難い。

 ゴブリンが問題なく移動出来るって事は俺にとっても同じで、地下空間に住み着いているのなら最悪天井でも突いて崩せば出てこれなくって餓死させる事が出来るのだから。


「鏖殺開始だ」







 


 樹洞から地下への広がる空間は既に壊滅した盗賊団が使っていたアジト跡地であり、人一人がしゃがめば出入り可能な入り口や壁に立て掛けられた松明の残骸がかつての人の残滓を漂わせているのだが、現在の入居者であるゴブリンにとってはそんなものはどうでも良く、寝ぼけ眼を擦りながら活動を始めようとしているところだった。


「……ギ?」


 群れの中で比較的聴覚の優れた個体が僅かな物音に気が付き、ゆっくりと音が聞こえた入り口側へと歩いて行く。

 聞き慣れない足音だなと考えながら歩いていたゴブリンは思考が完結するより早く、風切り音と共に飛んできたナイフが眉間に突き刺さり意識が消える。

 崩れ落ちる肉の音と共に広かった血の香りが一気にゴブリン達の意識を覚醒へと導くが、やはりゴブリンは馬鹿である為に何も考えず遺体へと近づく。


「死ね」


「ギィ!?」


 遺体に近づいた四体のゴブリンは怯むほどの殺意が込められた声と共に投げられた砂粒に揃って目をやられている間に、剣を握り締めた愚者・ゴブリンによって瞬く間に殺害される。

 鏖殺者がこの程度で止まる訳もなく、死体が持っていた手斧を拾い上げると未だに驚いているゴブリン目掛けて投擲──見事に血の花が咲くのと同時に群れに向かって突撃した。


「ギィィア!!」


「ゴブ!!ゴブルァ!!」


 自分達に殺意が向けられるや否や、怒り心頭といった様子で叫びながら各々の武器を構え愚者・ゴブリンを迎え撃つ。

 真っ先にリーチの優れた槍を持つゴブリンが突きを放つが目標を貫く事はなく、それどころが容易く掴み取られそのまま周囲を巻き込むように振り回されてしまう。


「ギィア!?」


「ギィギィア!?」


 密集していた彼らにとって振り回されているゴブリンは邪魔でしかなく、味方意識など欠片も持たないゴブリンは自らの武器で同胞を突き刺すが粗悪な武器である為に刺したまま抜けず、愚かにも振り回されるゴブリンが増えてしまった。


「……」


 十分に距離を詰めた愚者・ゴブリンは邪魔な物を投げ捨てる様に槍を捨て、彼らを纏めて壁に叩きつけると武器を構える事すら怠っていた残りの者達を足を止めずに次々と斬り殺して先へと進む。

 

「……この状況でも盛ってる」


 斬り殺しながら進んで行くと二手に分かれている道にぶつかるが、右方向からは女性の嬌声と悲鳴が混じったものが聞こえる為に愚者・ゴブリンは顔を顰めながら左方向へと向かう。

 連携など欠片もなく、散発的に現れるゴブリンを殺しながら進み辿り着いた先は、どうやらこの巣における子供部屋だった様で幼いゴブリン達が怯えた表情で彼を見ている。


「キィ……」


「一丁前に助けを乞うのか」


「キィ……キィ……」


 瞳を潤ませながら懇願する幼いゴブリン。

 彼らは生まれ落ちたばかりであり、十分に肉体が育っていない為に極めて非力なのでこの巣を滅ぼす障害には全くといって良いぐらいにはならない脆弱な存在だ。


「そう願う相手を……お前らは容易く痛ぶる……だから死ね」


 ──そんなものは関係なく、ゴブリンとしてこの世に生まれ落ちた以上彼にとっては単なる鏖殺対象でしかない為か弱い悲鳴をあげながら肉塊へと生まれ変わるのだった。


「ゴブ!?ギィアァ!!」


「盛り終えて……悲鳴でも聞いたか?」


 駆けつけたゴブリンの叫び声は緊急を知らせる叫びだったのだろう。

 盛り終えたゴブリン達が次々とこの場に現れ、その中には骨で作った杖を持つゴブリン──ゴブリンシャーマンと呼ばれる呪文を使える進化を遂げた者がおり、他のゴブリンから僅かに守られる様な立ち位置にいる事からしてアレがこの群れの頭目なのだと愚者・ゴブリンは見抜き嗤った。


「アイツほど強くないなお前?」


「ウガテ ライウン ヤノゴッ!?」


「呪文使いは早めに潰す」


 ナイフが額に突き刺さったゴブリンシャーマンが崩れ落ちる。

 指揮する者、そして上位個体を失った群れの末路などもはや語る必要もないだろう──鏖殺されるだけなのだから。

 

感想や評価をいただけると小躍りしますわ。

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