シンカ
視界が歪み、チカチカと明滅を繰り返す。初めはなんだ?って理解が及ばなかったけど、すぐに全身が激しく痛みその痛みで意識がはっきりすると、漸く自分が殴り飛ばされた事を自覚する。
ゴブリンに対して認識を改めた筈だが、あのホブゴブリンはもうそういう次元じゃないだろと痛みに悶えてながらも冷静な部分が告げ、どうにか動こうと動かない身体の代わりに目を動かすと視界に彼女を見つけた。
「ぁ」
掠れた情けない声が自分の口から発せられるぐらいにはダメージを負っていたのだが、俺はそんな事よりも彼女に触れたいと思って無い力を振り絞り這いずる。
「ごめん……ごめん……」
ズリ……ズリ……と亀のような遅さで彼女の方へと這いずると口が空いてるのもあって土の不味さが広がるが、それを吐き出す事もせずゆっくりとうわ言の様に謝罪を続ける。
助けられなくてごめん。
こんなに弱くてごめん。
君を地獄に落としてごめん。
降り始めた雨が体温を奪って行く中、情けない後悔ばかりの謝罪を口にし這いずり震えながら伸ばした手は彼女の白い指に触れたけど、そこにはもう心地の良い暖かさは喪われていて「あぁ……本当に彼女は死んでしまったんだ」って自覚した。
背後から木を薙ぎ倒しながら、獣みたいな雄叫びをあげているホブゴブリンの音がどんどん大きくなってくる……多分、もうすぐに此処に来て俺を殺すだろう。
もう良いじゃないか……ずっと現実から逃げ続けてきた俺が弱くてどうしようもないただのゴブリンが、群れの全部とあんな化け物を相手にしてここまで戦えたんだ……もう十分頑張ったじゃないか……このまま最期に彼女の手を握りながら──
「あっ……」
──コロンっと最期の時まで彼女が握っていたのであろう首からぶら下げていた小さな女神像が触れた結果なのか、目の前に転がってきた。
衝撃で壊れて頭部が無くなってはいるが、その女神像を見て俺は共に彼女と祈った事を思い出した。
『どうか──』
『ドウカ──』
『『この優しき隣人に救いを/コノやさしきリンジンにスクイを』』
俺の願いは叶わなかった……きっと俺がゴブリンで悪い事をしているから女神に祈りが届かなかったのかもしれないけど、彼女は何も悪い事をしていないじゃないか……信者の祈りを聞き届けてくれるのなら祈る信者を助けて欲しかったよ女神様。
「あぁ……でも、ソウダ。彼女ハオレがスクワレルようにイノッテクレタ」
壊れた女神像を掴み取り、気合いで立ち上がる。
視界が血のせいか真っ赤に染まるけど、そんなのは無視して気合いと根性を振り絞る。
「アキラメルケンリなんて、オレニハないんだ。彼女ノいのりヲねがいヲ、シンコウをムダにさせるなんて──」
俺のせいで彼女の人生は歪んで、こんななんでもない場所で終わりを迎えさせてしまった。
そんな彼女に救われておきながら、足掻く事を戦う事をやめて死を受け入れる?笑えるよな、そんな上等な権利がゴブリンの俺にある訳ないのにさ。
誓った筈だ──この戦いを始めた時に俺は彼女が言ったヒーローとして──
「グルァァァァァ!!」
「──ゴブリンはミナゴロシだ!!!!!」
森から飛び出してきたホブゴブリンとほぼ同時に奴に向かって叫びながら、全力で向かう。
奴は今の状態になってから、ずっとゴブリンらしくない理性が失われたのか獣の様に吠えるだけで攻撃も威力は高いが、極めて大振りかつ右腕しか残ってない。
今だってこんな俺を仕留める為に限界まで腕を振り絞っている……威力よりも当てる方に意識を割いた方が確実な筈なのに。
「ガァァァ!!」
「シィ!」
雨粒を砕きながら、食らえば即死の一撃が俺へと迫るのを何処かスローモーションで見ながら、脱力しきった身体で勢いに身を任せるように奴へと飛び込み避け、そのまま猪が開けた腹の穴に手刀を捻り込む。
ゴブリンの爪は意外と鋭く、柔らかい肉なんかはやろうと思えばそのまま裂ける事が出来る。
「ウォォォォ!!」
反撃が来るより前に奴の肉を掴み取り、力の限り引きちぎるとさすがの奴も効いたのか汚い悲鳴をあげ、数歩後方へとたたらを踏む。
「シネェェェェェ!!」
それでも奴が怯んだのはほんの僅かで、すぐにまるで相撲取りのように足を上げると勢いよく振り下ろしすぐに体勢を整えるのと、同時に衝撃で俺の体勢を崩してくるのは少々、予想外だったが奴の膝を踏み台にし飛び越える。
「グルァァァァァ!!」
「ッッ!」
拳圧だけで吹き飛ばされそうになる裏拳をしゃがみ、落ちている槍を拾い奴の膝に突き立てる事で耐えるがすぐにグンッと引っ張られる感覚が走り、慌てて手放すと顔のスレスレを蹴りが通過していきここで奴の幸運が尽きる。
「ガッ!?」
ザァザァと降る雨によって泥濘んだ地面に片足立ちなった事で巨体の重さが一点に収束し、地面が耐えきれずに沈み背中を派手に地面に叩きつけた。
無論、そんな隙を見逃す訳もなく泥を掬いながらマウントポジションに素早くつき、奴の顔面目掛けて泥を叩きつけて視界を奪い手当たり次第に奴の傷口に爪を突き立てて千切る!千切る!!千切る!!!千切る!!!!!
「ガァァァ!!」
「クルシイか!?けど、オマエらにオカサレタ彼女タチはこんなモノじゃないホドにクルシンダ!!」
痛みに悲鳴をあげる奴にどの口がという内容を叫びながら、返り血に身を染め上げ傷を抉っていくが体格で勝る奴をいつまでも倒れ臥せさせておく事は出来ず、寝返りを打つように簡単に退かされてしまう。
俺が立ち上がる間に奴は顔の泥を拭うと血走った瞳で俺を睨みつけてくる……あぁ、きっと俺も同じ目をしている。
そして奇妙な事だが、次が最後の攻撃になるだろうと俺達は互いに思っている事まで察する事が出来た。
認めたくはないが、奴が父親で俺が息子のせいか……理屈じゃなく血で通じ合ってしまったのだろう。
「……ヘドがでるな。テメェのムスコジャナキャ、こんなカンカクもアジアワアズニすんだノカ?」
「ォォォ……シハイヲ チカラコソ スベテ」
「ケモノのリクツだな」
まぁ、俺にもっと力があればこんな結末を迎えずに済んだかと思えば多少理解してやれない事もないが……それでも俺はお前らが赦せない。
「「ッッ!!」」
遠くの方で雷が鳴り響いたのを合図に俺達は、互いに向かって駆け出しそして──
「グルァァァァァ!!」
突き出された剛腕を避け、踏み台にして出来るだけの大口を開いた俺は奴の太い首筋に噛みつき食い千切った。
血の生臭い匂いと鉄の味を感じながら食いちぎった肉を喰らい振り返ると、そこには動脈から血の雨を降らすホブゴブリンの立ち尽くす姿があった。
「シハイヲ オレハ シハイシャニ」
雨を降らす厚い雲によって見えなくなった太陽へと手を伸ばし……力なく崩れ落ちた奴が動き出さない事を見届けた俺は戦いの最中、落としてしまった頭のない女神像を拾い上げ首にかけると上を向き
「────!!!」
溜め込んでいたものを全て吐き出すように勝利の勝鬨をあげるのだった。
《条件を満たしました。進化を髢句ァ九@縺セ縺吶°?》
《愚者ゴブリンへと進化を開始します》




