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ミナゴロシ

ゴブリンスレイヤーの影響を受けているのがよく分かる回です

 一匹の血に溺れる様な慟哭が人里離れた森の中に響き渡り、それに共鳴するかの如き薄汚れた悲鳴が森の四方八方から上がる。

 群れを率いる一匹のホブゴブリンは鍛え抜かれた人間より、遥かに膨張した腕を組みながら顎に手を当てて冷静に目の前の慟哭をあげる存在によって齎された被害の大きさを算出する──群れの総勢は五十以上にもなるが、その半数は恐らく罠にかかり死に至っているだろうと──が、ロードにも及ばぬ身でありながらここまで群れを大きくしたのだからすぐにでも数は揃えられると思考を切り替えた。


「オマエ カシコイ メス イレコム」


 どうせ勝てるのだからと格を違いを示すためにも、ホブゴブリンは実にゴブリンらしい浅はかな思考を巡らせつつ勝ち誇った様に言葉を続ける。


「タメシタ メス オカスカ オマエ オカシタ」


 ホブゴブリンらしからぬ知性を有するこの一匹は目の前の一匹を試す為に最も、手入れを念入りに行いそして関わっていたメスを選び与え、見事に他のゴブリンに手を触れさせる事なくこの犯した事実に満足はしたもののある事に気がついていた。


「ダガ オマエ ゾウオ ムケタ ジョウイシャデアルモノニ」


 ホブゴブリンは知っていた。

 己ではない誰かを強く憎めるという事は、それだけ知性と情緒が発達しており『そういった』個体は総じて単純な力で従う事を良しとせず、隙があれば叛逆を起こす存在だと──何故なら己がそうなのだから。


「オレモ コロシタ ウットウシイカラ オマエモ スル ダカラ コロス」


 かつてのホブゴブリンは弱く、群れに虐められている存在であったが蓄積された憎悪が今の彼へと導き力のあるホブゴブリンへと進化を促した。

 不遜にも更なる上を目指すホブゴブリンにとって、賢いだけの部下であれば有用であるが強い憎悪を持つ部下はいずれ、自分を殺しかねない不穏分子であるが為に、排除する機会を窺っていたのだろう。


「ギィギィア……」


「ギャッ!ギャッ!!」


「ギァアアア!!」


 同族の屍を踏み潰しながらゴブリン達は、盾にでも使ったのかほぼ無傷でありこんな面倒事を起こしてくれた裏切り者へと殺意を向けながら森の中からまた一匹、一匹と現れる。

 

「ギィァァァァァァァァ!!」


「ギィ……」


 その中には当然の様に裏切り者の兄弟である元弱気で今は狂った様に、怒りに表情を歪ませながら恐らく罠が掠ったのであろう右肩から血を流すゴブリンと、何処か冷静に状況を俯瞰している様な素振りを見せつつ手元の骨を弄るゴブリンも居た。

 総数として二十七をギリギリ下回る程のゴブリン達が膝から崩れ落ち、慟哭の叫びをあげている裏切り者の一匹を取り囲み、皆一様にホブゴブリンの合図を待っている。


「ギッギィィアア!!!」


 裏切り者にとって自らの精神が軋み始めた日を思い出す号令が、ホブゴブリンより放たれると共にまるで猟犬の如き動きでゴブリン達が裏切り者へと襲いかかる。

 誉れある一番槍に手を伸ばしたのは怒りに打ち震える兄弟であり、自身にとって大切なあの日、暴君として振る舞うゴブリンから奪った錆びた短剣を振り上げ、裏切り者の脳天へと突き刺そうとした。


「ギィ!?」


 弱気ではなくなった彼が最後に見たのは自分へと振るわれる粗末な作りの斧であった。










 ──どうしてこうなった?


 俺が弱かったからか?


 勇気を出すのが遅かったからか?


 所詮はゴブリンと侮ったからか?


 ああ──きっとどれも正しいんだろうな……俺は弱くて勇気がなくて元人間の癖に、ゴブリンに不意を突かれるほど馬鹿で愚かな存在だ。

 

 ──ならどうすれば良かった?


 俺がもっと強ければ。


 俺にもっと勇気があれば。


 ──この世界にゴブリン()なんて存在していなければ──


「そう、ダ。ゴブリン()なんてソンザイしてイナケレバ」


 彼女はこんな地獄に身を落とす事なく、きっとあの馬車に乗って何処か綺麗な教会でシスターとして祈りを捧げて、あの見惚れる様な笑顔で数多くの人達を救っていた筈だ。

 そんな彼女を俺は我が身可愛さで地獄に引き摺り落とし、まるで救世主の様に救おうとした……ハハっ、烏滸がましいにも程があるな。


『この地獄の中で貴方は私の救いで、今はヒーローなんですから』


 所詮、俺はこの程度だよ……ヒーローなんて柄じゃないんだ。

 思考がどんどん負の方向に沈んでいくと共に、身体もまるで泥の中に沈んでいる様な動き辛さを感じ始め、もはや他人事の様に俺を取り囲むゴブリンや今にも殺そうと迫ってくる連中を眺めている。

 もう良い、理由も分からず突然転生させられて望んでもないゴブリンとして生きたクソみたいな時間が漸く終わるんだ……このまま抵抗もせずに死んで


 ──良いのか?大切な人との思い出すら裏切って?


 もう一人の人間としての俺が問い掛けてきた瞬間、彼女と共に過ごした幸せだったと思える時間がまるで走馬灯の様に脳裏を駆け抜けていき、最も強く残ったのは共に女神へと祈りを捧げて互いの幸福を祈った事だった。

 そうだ……俺が彼女の救いを祈った様に彼女もこんな俺の為に祈ってくれた。

 此処で命を投げ出して楽な死に生きるのは簡単な事だ……だけど、もしも此処で安易な死を選んでしまえば地獄の底で祈り続けた彼女の想いすら裏切る事になるのなら……そんなの決まってるだろう……俺にとって彼女はこの地獄を生きる希望で救いだったんだ……だから……だから……!!


「イイワケ、ないだろぅ!!」


「ギィ!?」


 真っ先に飛び込んできたゴブリンの頭を叩き潰し、踏み躙りながら肺が許す限り叫ぶ。


ゴブリン()はコロス……ミナゴロシダ!!!!!」


 錆びた短剣を拾い上げ力の限り、一番デカい蛆虫(ホブゴブリン)の目玉へと投擲するが、所詮はただのゴブリンが投げただけの一撃。

 会心の出来だと思っているソレも、ホブゴブリンからすれば蝿が止まる様なスピードと威力しかないのだろう。

 容易く叩き落とされるが俺の狙いはそこにはなく、奴の大きすぎる腕が自身の視界すら塞ぐ瞬間に俺を取り囲んでいた連中の元へと飛び込む。


「ギィギア!?」


「ギィィ!!」


 すぐ近くにいるゴブリンのどっちが俺なのか分からなくなった他のゴブリン達が困惑の声をあげると共に、隣の奴が怪しいと叫ぶ。

 

「ヌゥ」


 予想通りゴブリン達は明確に個体差を認識している訳ではなく、精々自分とそれ以外程度の認識しかないらしい。

 骨弄りの奴みたいに毎回、何かしら固定の物を持っていたり今までの俺の様に母体の手入れをしているとか明確な差異を示さない限り、個体差を認識出来ない……そしてそれはホブゴブリンであろうとも同じ。


「ギィ!?」


「トンデ、いけ」


「ギィ!?」


「ギガッ!?ギィィア!!」


 背後に回り込んでゴブリンを蹴り飛ばしてやれば、飛んで行った先で他のゴブリンとぶつかり合い互いを罵り始める。

 本当に愚かな生物だな……ゴブリンってのは。

 燃えたぎる様な怒りと憎悪が胸の中で渦巻いているのに俺は何処か冷静に淡々と、ゴブリン共を皆殺しにするにはどうすれば良いかの思考を巡らせているこの現状が、たまらなく不思議ではあるのだが好都合な事に変わりはない。


「ジャマダ!!」


 揉めているゴブリン共を含む数匹を纏めて剛腕で捻り潰すホブゴブリンを尻目に、再びすぐ近くの集団へと紛れ込む。

 俺は弱くて、勇気のない木端のゴブリンだ……怒りに身を任せた特攻でアイツをぶち殺す事なんて出来ない故に思考を巡らせ、貧弱な力で殺すしかないのだから。

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