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怨讐のイットレィター  作者: 漣 カコイ
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エピソード2 : 出発






ヤマとローゼの喧嘩の一件から二日後。マチュピルの町に新成人を王都へ運ぶための馬車が続々と到着した。


町では我が子の旅立ちを嬉しく思うも涙を堪えきれない親や親戚で溢れかえり、雰囲気に当てられて貰い泣きするものもいた。


ヤマとローゼもそのうちの一人で、いつもは男勝りで決して弱さを見せないローゼは母親に頭を撫でられ溢れ出る涙をこらえ切れず少女のようにシクシク泣き、体中包帯ぐるぐる巻きのヤマは父親から貰った巾着袋を見て鼻水を垂らして泣いていた。


シオンは家族や親戚達との最後の時間を過ごす彼らから少し離れたところの切り株に腰を下ろしてその様子を見ていた。


「早いなぁ時間経つの」


この2日間、シオン、ヤマ、ローゼの三人は会えなかった月日を回収するかのように沢山話し、沢山笑った。

ヤマとローゼの喧嘩の一件はあったが、最終的にはローゼが引き分けを提案したおかげで誰も負けることなく勝負はつかずじまいで終わることができた。

ヤマは全治5日の怪我を負ったが初めての引き分けに喜び叫んでいたのをシオンはよく覚えている。


この二日間はシオンにとって楽しくて仕方ない幸せな時間となった。


「大きくなったのぉ、お前さんら」


「………ハゲ店主」


ハゲ店主、シオンにそう呼ばれた飲み屋の店主はシオンの隣の地べたに腰を下ろす。


「あー、痛てて。歳はとりたくないもんじゃ」


「僕も」


「かっはっはっ、若いもんが何を言っとる。お前はこれからじゃろうが」


「ははは、それもそっか。あ、そういえばハゲ店主、ローゼが店の壁壊したのごめんね」


謝らないローゼの代わりに謝罪するシオンにハゲ店主はあぁそのことはもういいとクシャクシャの笑顔で許す。


「若いもんは壁を壊すくらい元気でないといかんからな。それに久しぶりにヤマとローゼの一戦が見れてワシは満足しとる。二人共以前とは比べ物にならん程強くなっておった。

 ヤマを弟子にとれたことをワシは誇りに思っておるぞ!

 なんたってあのローゼと引き分けだったんじゃからな!

 かっはっはっはっ!」


そう言って豪快に笑うハゲ店主はヤマの持つ巾着袋を指さしてシオンに耳打ちする。


「あの中身、何が入っているか知ってるか?」


「いや、全然」


「ありゃワシがヤマの父親が成人したときにやったお守りじゃ」


「お守り?

 それでヤマはあんなに泣いてるの?」


「そうじゃ。アレは特別じゃからな。

 何が特別かは教えてやらんぞ!」


「別に良いよ。知りたくないし」


「もう少し興味を示せ!」


「面倒くさいなぁ」


シオンとハゲ店主はそんな会話をしながらケラケラ笑う。


「ヤマのとこ、行かなくていいの?」


素朴な疑問をぶつけるシオンにハゲ店主はいいんだと短くかえす。


「ヤマの父親のときもそうだったんじゃ。ワシは時が経ってもまた会いに来てほしい性じゃからな、別れの挨拶はせんと決めとる。

 そんなことよりシオン、ほれ、お前が行ってやれ」


そう言うハゲ店主が指差す先にローゼとヤマがシオンを呼んでいる姿があった。


「ヤマは友達がお前とローゼしかおらん。

 仲良くしてやってくれ。これからも愛弟子を頼む」


「父親みたいなこと言うんだね」


「父親のつもりさ。これでも10年以上ヤマの師匠をしているんじゃ。息子のように大切に思っとる」


「ふーんそっか。分かったよ。

 ヤマのことは僕とローゼに任せて」


「うむ、任せた。シオンも薬師頑張るんじゃぞ。

 この後自分の村に帰る前にローゼのとこの村に寄るといい。あそこに最近腕利きの薬師が滞在しているみたいじゃからな。色々聞いてみるといい」


「ローゼの村か、結構遠いなぁ」


「そんなもんワシが馬車を貸してやる。十年後にでも返してくれたらいい」


ケチで有名なハゲ店主がそんなことを言うなんて、とシオンは少し驚く。これが雰囲気効果というやつなのだろうか。せっかくなのでシオンはありがたく馬車を借りることにした。


「店の横につけてるあの馬車じゃ。好きに使って良い」


「じゃぁ、借りるよ。ありがとう。

 僕がハゲ店主くらいの年齢になったら返しに来るよ」


「かっはっはっは、それもう死んでおるわワシ」


冗談言ってシオンは立ち上がるとヤマ達の方へ走り出した。

そんなシオンの背中を見つめながらハゲ店主は誰にも聞こえない声で何かをボソリと呟いた。







「師匠と何話してたんだ?」


先程の様子を見ていて気になったのか、シオンと合流するないなやヤマはそう尋ねた。

そんなヤマにシオンは別に何も、と茶を濁す。ローゼは細かいことを気にすんなと言ってヤマに肩パンした。


「もう荷物は荷台に積んだの?」


「おうよ!

 後は馬車に乗り込むだけだ!」


ローゼの隣で肩を擦るヤマもコクリコクリと頷く。


「そっか。じゃぁもう行くんだね」


「まぁな!」


元気よくそう答えるローゼだが、声が裏返っていた。

そんなローゼを見て堪えていた涙が溢れそうになるのをシオンは必死に止める。

ローゼもヤマも目に涙を浮かべていた。疲れているんだ、きっと。この二日間、三人は一睡もせず遊び回った。


「次、いつ会えるかな」


シオンはボソリと呟く。それを拾ったヤマはすぐ会えるさと返す。


「アタシは………、これから、魔剣士としてこの国の王都か、同盟国の王都………で働くことになる」


ローゼは息を詰まらせながら言葉を続ける。


「アタシ、友達、お前らしかいない、から……っ」


「糞女?」


そこまで言ってローゼはヤマとシオンの胸ぐらを掴み上げた。


「上に! 登ってこいよ! お前ら!」


涙で潤った強く美しい瞳がシオンとヤマを突き刺す。ヤマは一瞬動揺するもローゼの手を払い除けると次はローゼとシオンの胸ぐらを掴み上げた。


「それは! こっちの! セリフっだぁ!」


叫ぶヤマに今度はシオンがヤマとローゼの胸ぐらを掴み上げる。


「3年後! この中で! 一番! 大成してみせる!」


大声を出し合い、三人は鼻息を荒らしながら涙を零す。

なんで三年後なんだよとつっこむヤマだったが細かいことを気にすんなとローゼに肩パンされて黙った。


正午の鐘がなり、出発の時間がやってくる。


三人はそれぞれハグするとヤマとローゼは馬車に乗り込んだ。


シオンは最後に息を深く吸うと腹の底から声を出して叫ぶ。


「シオン=リーグヴァァン! 十五歳ぃ!

 いつか! 万能の薬を作ってみせる!!」


突然の謎の宣誓に周りはギョッとしたが間もなくローゼ、ヤマがそれに続いた。


「ローゼ=マリィィ! 15!

 英雄にっ! なったるぜぇぇ!」


「ナカヤマナ=ナイルゥ! 成人!

 背中で語れる世界の漢にっ! なってやる!!」


各々が宣誓したところで馬車が動き出す。

ヤマがふと飲み屋の方を見ると屋根の上でハゲ店主が「世界一の漢!」と書かれた旗を振っているのが見えた。その顔は号泣しているせいでグシャグシャである。


「クハハ、いつ準備したんだよ。未来でも見えてんのかよ、師匠」


馬車はスピードを上げ、走って追いかける者達を次第に突き放していく。全力で走るシオンとの距離も少しずつひらけていく。


「シオン! 手紙を書く! 必ず!

 必ず書く!」


「アタシもだ! 絶対書く! 捨てんなよ!」


「…………っあぁ!」


大きく返事をし、シオンは足の回転についていけずその場で大きくコケた。

そのコケ具合にヤマとローゼは思わず吹き出す。

遠のいていくシオンの姿を見ながら二人は声を揃えて叫んだ。


「「また会おう!」」


馬車が遠く見えなくなるまでその場にいたシオンは体中に着いた砂を払ってマチュピルへ戻っていった。

そしてそれから間もなくして、ハゲ店主から馬車を借りたシオンはローゼの村に向かって馬車を走らせていった。





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