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怨讐のイットレィター  作者: 漣 カコイ
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エピソード1 : ヤマとローゼ







この世界の住人は生まれながらに特化した一つの属性魔法を持つ。ある人は炎属性の《防御魔法》、ある人は光属性の《回復魔法》であったりする。

自身の特化した魔法以外も修行を積むことにより使用することができるようにはなるが、生まれながらの特化魔法に比べればそこには月とスッポンほどの差が存在する。そのため、ほとんどの人々は自分の特化魔法を活かせる職業につく。

わざわざ得意分野外の魔法を用いる職業についても良いことなんてほとんど存在しないし、何より給料のことを考えると自然と特化魔法にあった仕事に流れ着くようになるのである。


「じゃぁ、やっぱシオンは【薬師】になるのか?」


昼間の飲み屋、成人の式を終えた新成人達が大はしゃぎしている様子を尻目に赤髪筋肉の男『ナカヤマナ』通称ヤマはシオンにそう尋ねた。


「うん。本当は【拳士】になりたかったんだけどさ、僕の特化魔法、合ってないし」


「……確か光属性の《調薬魔法》だもんな」


光属性の調薬魔法といえば、世間的に見てもかなり希少な特化魔法にあたる。何より光属性の調薬魔法や回復魔法は冒険や長期の護衛任務などで絶対に欠かせないもののため、大変重宝されている。


しかし、シオンの持っている特化魔法は呪文一つで他者を癒やすことが可能である回復魔法に比べて、回復薬一つ作るのに専用の道具と素材と時間が必要なため、労力に見合わない給料と地味な印象から人気とは言えない職業だ。


「長旅に必須とは言われてはいるけど、大半の薬師は旅について行かず旅の出発の一月以上前から回復薬やらなんやらを大量に作って当日渡すだけってのがオーソドックスみたいだしな」


それについていけたとしても旅先の宿でひたすら薬の調合に追われることになる。


__まぁシオンの性格にあっている気もするが……。


どちらかといえば内気な性格のシオンのことだ、【拳士】のような血気盛んな連中が集まるようなところに行けば虐められるに違いない。そう思っていたヤマにとって薬師になることはそれはそれで良かったんじゃないかとふと思う。


「でも、頑張ってみるよ、薬師。やってみないと実際どんな感じが分からないしさ。

 それに大成して宮殿に仕えられたら、アレにも会えるしね」 


「ん?……あぁアレね」


シオンの目線が指したある人物を見てヤマは苦笑する。

カウンター席三席を陣取り、泣き上戸になっている金髪ボブの少女『ローゼ=マリー』その人である。

【魔剣士】という将来大成が約束された超エリートのお嬢さんだ。今の彼女の姿はとても超エリート見えるものではないのだが。


「あと3年もすればあのガキ大将と対等に話すこともできなくなるんだろうな」


「ははは、かもね」


昔はローゼ、ヤマ、シオンの三人でよく遊んだものだ。3人ともそれぞれ住む村が違い、中でも遠くの村に住むローゼにはここ最近はなかなか会えずじまいになってしまっていたが、楽しかった出来事をまるで昨日のことのように鮮明に思い出すことができた。


ヤマは泣き潰れるローゼにため息を付きつつ少し曇った表情を浮かべた。


「俺はさ、まだ心の準備ができてねぇんだ。大した実力も戦闘経験なんてもないのに【守護者】が務まるわけないって決めつけてる自分がいる。

 俺はローゼのように強くねぇから」


【守護者】はその名の通り対象となるものを身を挺して守ることを任務とする職業である。ヤマの特化魔法であるような地属性の《防御魔法》とは大変相性が良いとされている。

炎属性や氷属性の防御魔法とは違って森の中や町中でも自由がききやすい。付近の土や石などを魔法の中に取り込むことができるからだ。


そんな防御魔法の中でも強力で扱いやすい特化魔法を持つヤマだが、ローゼのせいで自己肯定感はそこまで高くない。それはヤマが幼い頃からローゼと喧嘩をしては棒きれ一振りで軽く薙ぎ払われてきたからだ。勝負がついても追撃してくるローゼに棒きれで滅多打ちにされて泣くヤマをシオンは近くでずっと見ていた。


ローゼは天才、超エリート、勝てなくて当然、負けて当然、傍から見れば相手が悪いとは正にこのことだと言うだろう。だが、多くがローゼには勝てなくて当たり前とする中で、ヤマはローゼを負けてもしょうがない相手だとして見ていないなかった。それは気持ちどうこうの話ではなくヤマにとってローゼはまだ頑張って手を伸ばせば掴める所にいるということだった。ヤマの身体はそれを理解していた。頭の方はメンタルボロボロでそんなこと気づいていないようだが。


いずれにせよ、シオンにとってはローゼは勿論、ヤマも十分化け物に見えてしまうのだった。


「ヤマは、きっと自分が思ってる以上に強い人だよ。力だけじゃなくてね」


「というと?」


ヤマは自分が褒められそうな空気に身を乗り出す。


「……精神力とか、人間性の面とかも強いってこと。守護者みたいな常に人の横に立つ職業なら壁として居るだけじゃなくて人に寄り添える力も必要だと思うんだ。ヤマにはそれができるだけの力がある」

     

「おおう、何だ照れるな」


「だから心配をする必要なんてないはずなんだ。実践経験がどうこう言うけどローゼとの喧嘩の日々は忘れたの?」


シオンは知っている。ヤマはローゼとの喧嘩で幾度なく生死を彷徨っていたことを。ヤマは命に手がかかる戦闘を幼い頃から既に経験済みだということを。


「ぅ、そんなの忘れるわけねぇ。今でも左耳から頭蓋骨が砕けた音が聞こえてくるぐらいだ」


ヤマはいつか砕かれた頭を優しくさする。未だ微かに残る傷の部分からは髪の毛が生えていなかった。

ローゼ、彼女はとんでもない女だ。


「それで、ヤマはまだこれ以上の実践を望むの?」


「いや、全く望まん!」


これ以上があるなら今度こそ死んでしまうとヤマは身震いする。


「ははは、でしょ?

 ヤマにはヤマの。

 他の人には他の人の強さがある。

 大丈夫、僕がヤマの力を保証するよ。ヤマのことは僕が一番知ってるんだ。何年、一緒にいると思ってる?

 自身持って頑張ってみようよ。

 僕はヤマより強い人に今まであったことないんだから。

 ヤマもお姫様でも護って宮殿で働こう!」


ヤマとシオンは村は違えど言葉を話せない頃からの仲だ。喜びも悲しみも共に知った。お互いのことを理解して受け入れあった。ヤマはシオンを、シオンはヤマを本人以上に理解している。そのシオンがお前は大丈夫だと言った。

それは何よりも信頼できる言葉になる。


ヤマは心の中の黒いモヤがキレイに吹き消されるのを感じた。


「おぉっなんか……、今いい感じだわ」

 

「おおっ、最&高?」


「あぁ、最&高だ! ありがとな、シオン」


「うん、いいよ、どういたしまして」


シオンはそう言いながらヤマが突き出してきた拳に自分の拳を軽く当てた。


するとなぜだろうか、途端に正面から感謝を受けたシオン、いい感じの顔で感謝の言葉を口にし、拳を合わせるというクサいことをしてしまったヤマの成人二人にどこか気恥ずかしい感情が湧いてきた。


シオンは気恥ずかしさを紛らわすために半分と少し残っていた酒を一気に飲み干すとジョッキをテーブルに叩きつけた。


ヤマもヤマで口笛を吹いて平然を装いながら両手を後頭部で組んで適当に店の中を見渡す。すると、成人の式が終わってこれこれ3時間は経っていた店内では所々に酔い潰れた成人達がチラホラ現れていた。ゲロを吐く者までいる。


「おーおーそうなるまで飲んでんじゃねぇよ」


ヤマは酔い潰れ民を小馬鹿にするような笑みを浮かべる。


するとその時、意図せずカウンターに視線が行ったヤマと、ヤマ達を見てくるローゼと目があった。


___瞬間。


悪魔が笑った。


「オラ寄れや糞弱虫!!」


ドゴォ"ッと鈍い音と共にヤマの視界が揺れ、高速で懐まで詰めてきた少女、ローゼの蹴りがヤマの横腹にめり込んだ。【魔剣士】の魔法がこめられた蹴りだ。ヤマは声にならない悲鳴をあげて壁を破って店の外へふっ飛ばされた。


「わしの店がぁぁあ"!!」


キッチンから店に風穴を開けられた店主の絶望の声が聞こえてくる。ローゼは遠くから中指を立ててくる店主の方を見向きもしないで近くの空き席へ座った。


「よっ! 久しぶりだなぁ!」


久しぶりに聞いた透き通るようなローゼの声、幼気な整った顔からの強烈な性格はいつになっても一瞬脳が追いつかなくなる。何より生身で受ければ即死級の蹴りを何食わぬ顔でぶつけるヤバさに動揺する。昔もよく同じ光景を見たが威力が馬鹿にならない。少し遅れてシオンは「……ひ、久しぶり」と返した。


「2年ぶりくらいか? 元気してたかよ!?」


「う、うん、元気元気。

 最近は小屋に籠もってずっと薬の勉強してる、けどたまに道場にも顔を出してるから。熊爺も元気にしてるよ。はは、は。

 ローゼを連れてこいって口うるさいままだけど」


「あえー、まだ元気なのか熊爺!

 もう5年は会ってねぇな」


「うん、会いに行ったげてよ」


「うーん、行くのはいいがアイツしつこいからなぁ」


そう言いながらローゼは本当に行きたくなさそうな表情を浮かべる。


熊爺はシオンの村の道場で我流の武術を教えるそれはもう熊みたいな爺さんだ。未来有望な若者が大好きで原石を見つけては自分の流派を学ばせようとする癖があり、当然ローゼはしっかり目をつけられた。

熊爺はもう一日の大半を布団の上で過ごさなければならない体になってしまったが、ローゼのためとあらば誰かにおぶられてでも道場にやってくるだろう。


「まっ、気が向いたら行ってやるよ。

 明後日にはもう王都に向わねぇと行けねぇから行くとしたら数年後になるけどな」


「えっ、明後日って、早いんだね」


「まぁな。

 私もヤマも対人戦が戦場の職場だからな。

 そうゆう職種は一回王都に行って派遣先を教えてもらわねぇといけねぇ。

 今どこも早く新しい力が欲しいから国を急かしてきてんのさ。

 【勇者】が動き出し始めたみたいだからな」


「そうなんだ……。

 そういえばヤマもそんなこと言ってた気がする。

 ヤマも明後日には出発するんだ……」


ローゼもそうだが、特にヤマとは週に一回は会う仲だ、いざいなくなると考えるとシオンの心にこたえるものがある。


「おいおい私がいなくなることには悲しんでくれねぇのか!?」


表情から察したのか、シオンがローゼよりヤマと離れるのが悲しいと思っていると感じとったローゼは不満そうに口を尖らせた。その姿は不覚にも可愛いと思わせてくる。


「えぇ、いや、そんな……」


「そりゃ全然会えなかったから仕方ねぇけどよぉ、悲しいぜおい。

 アタシだって2年間師匠に連れ回されたりしてなかったらお前等に会いに行ってたのによ」 


「師匠? ローゼに師匠なんていたっけ?」

 

「あぁ、師匠は__!」


そこまで言ってローゼは突然席を立つ。空いた壁から土埃に紛れて燃えるような赤髪を逆立てた男が立っているのが見えた。


ヤマだ。


ローゼはニヤリと笑うと全身に《身体強化》をかけてヤマの方へ歩いていく。


「不意打ちとはいえアレも防げんような弱虫じゃなくて良かったぜ」


「ったりめーだろ」


減らぬ口を叩き合うと両者から殺気が溢れる。


ここら辺の地域じゃ一番の矛と盾の勝負だ。騒いでいた酔っ払った連中も静かにどちらが勝つかかけ始めた。

 

昔から大抵ヤマとローゼの喧嘩はローゼから仕掛け、ヤマがキレ散らかして喧嘩開始という感じが多かった。そして決まって勝利の女神はローゼに微笑んだ。

しかし、今日のヤマはいつもと一味違った。


「あれから2年、お前は何をしていた?」


「修行」


「あそ、俺もだ」


ヤマはローゼにほくそ笑む。


「俺は今日、成人した。もう子供じゃねぇ」


「アタシもだ」


「ふっ、何も分かってねぇなテメェは」


ヤマは再度ローゼにほくそ笑む。


「男と女の大人ってのにはどうしても超えられねぇ力という壁がある」


「はっ、何かと思えばそんなことかよ!

 関係ないね! アタシには!」


これだから脳筋がよぉ、と言わんばかりの顔で再々度ヤマはローゼにほくそ笑む。


「2年、この年月がお前を………殺す。

 成長期、舐めんなよ?」


「……あ"?

 何が言いてぇ?」


「ブチ殺してやるからかかってこいや糞エリートがぁ!」


【守護者】と【魔剣士】、その金の卵が祝の町『マチュピル』で激突した。






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