修行の終わり
怒涛の令嬢会話詰め込み編になった授業は、クリスタにとって、最もキツいものとなった。
つらつらと笑顔て話す相手から真意を汲み取り、自分自身も笑顔で嫌味をぶちかます。想像よりも神経と頭脳を使う。
これは、学ぶというよりも、幼い頃から建前の世界で仕込まれて身に付けるものであり、14歳という年齢から始めるのがかなり難しいのだ。
苦戦しているクリスタに見かねたセレナは、『令嬢の嫌味語録』と『実録!本当にあった令嬢同士のいざこざ』という名の教本を作り、彼女に渡した。
内容はかなり詳細な設定で書かれており、本人が実際に体験していそうな話ばかりであった。
クリスタは、貴族図鑑と同じくらいの、この二つの教本を読み込んだ。
暗記した方が実践しやすいと、部屋で音読していたら、ものすごい形相のハンナに何事かと心配されていた。
学んだことを、模擬授業という名のお茶会でセレナ相手に実践し、かなりの場数を踏んだ。
セレナはいくつものクセのある人格を作り出し、ひとりで数名の令嬢役を容易にこなすため、練習相手に不足はなかった。
クリスタは、セレナの作り出す人格よりも厄介なヤツなんていないだろうと、変な自信を付けることが出来た。
入学まで残り1ヶ月となった頃、ようやく最後まで残っていた令嬢会話の模擬試験で合格点を貰うことができた。
これでセレナから学んだことを全て会得してことになる。
「素晴らしい成長ですわ!これなら、どんなお茶会でも微笑みながら敵を叩きのめすことが出来るでしょう。横槍の心配は無用ですわ!」
「こんな、未熟者の私に、投げ出すことなくご指導くださった師匠のおかげです!本当にありがとうございました!!」
「安心するのはまだ早いですわよ。優良物件を射止めて愛されて初めて貴女の人生が始まるのです。その前哨戦である学園生活、まずはそこで欲しいものを手に入れましょう!」
「ええ!必ずや成し遂げて見せますわ!」
5年に渡る厳しい修行の期間を終え、始まりの時と同じように、二人は固い握手を交わしたのだった。
自分に出来ることは全てやりきったと、セレナは満足した様子で邸を後にした。
「本当に、ご立派になられて…ハンナは嬉しいでございます。お亡くなりになった奥様も大変お喜びになっていることでしょう。」
「私にはお母さんの記憶は残ってないけれど、そうだといいなぁ。」
学園の入学式を明日に控えた今日、ハンナに、湯浴み後の手入れを念入りにしてもらっていた。
「クリスタ様は、大変な思いをずっとされてきたのですから、学園生活は思い切り楽しまれて下さいませ。」
「そうね。なるべく多く夜会やお茶会に招待してもらえるよう、人気集めに全力を出さないと。」
「…クリスタ様なら、損得勘定なしでも親しいご友人が出来ると思いますよ。」
「何言ってるの?本来行かなくて良い場所に、わざわざ行くのだから、少しでも元を取らないと!」
「何事もほとほどになさって下さいね…」
手入れを終え、髪も爪も肌も全て磨き上げられたクリスタは、貴族図鑑で復習をしてから早めに休むことにした。
「明日からの学園生活、楽しみすぎるっ…」
ベッドに入ったクリスタは、1人にやにやが止まらなかった。
入学式当日、余裕を持って準備をするため、クリスタはいつもよりも早起きをした。
制服があるため、ドレスに悩む必要はない。朝から湯浴みをし、ハンナに、髪を丁寧な梳いてもらう。
初日の髪型は、黒髪美しい髪を際立たせるために敢えて結わず、毛先だけほんの少しカールをさせた。
元の美しさを活かすため化粧もほとんどせず、口紅だけほんの少し塗り、まつ毛をビューラーで巻いて透明のマスカラをつけた。
それだけで一気に大人っぽい雰囲気となった。
軽めの朝食を摂ったクリスタは、姿見で全身を隈なくチェックした。
「どうしかしら?」
不安げな顔で、ハンナに問いかけた。
自信なさげに揺れる瞳は、目にした者の庇護欲を掻き立て、男なら抱きしめたい衝動に駆られることだろう。
「大変お美しいです…クリスタ様。男女問わず、誰もがそのお姿に釘付けになることでしょう。素敵な学園生活が待っていますわ!どうぞ、自信を持って行ってらっしゃいませ。」
「ありがとう!バレないように上手くやってくるね!!!それじゃ行ってきまーす!!」
「…色々とお気を付けて。」
尋常ではないほど美しい令嬢姿だが、中身はいつものクリスタであった。