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クリスタの理想の相手


「さすが、師匠だわ!!」


湯浴み後の手入れをハンナにしてもらっている間、クリスタは昼間セレナにもらった紙の束を広げて端から端までじっくりと目を通していた。



「クリスタ様、先ほどから何を熱心に読まれているのです?」


「ふふふ、これは師匠が私のために作ってくれた貴族図鑑よ!!」


「貴族図鑑とは…?」


「家名と家柄、年頃の子どもの有無、そして、そこの領地の特産物が一覧になってまとめられているの。師匠の手作りよ!素晴らしいと思わない?」


目を輝かせて熱く語るクリスタと、それを不思議そうな目で見るハンナ、二人の温度差が半端なかった。



「とても手の込んだ書物ということは分かりましたが…それを一体何に使うのです?」


「え?そんなの結婚相手探しや交友関係の構築のために決まってるじゃない。」


「はい?」


「これを全部頭に入れて、仲良くなりたい相手を決めるの。例えば、この、ヨーク子爵家、特産物が絹織物なのよ。そんな家に嫁いでも美味しいものにありつけないでしょう?でもほら、こっちは輸入業だって。近隣国の美味しいものも手に入るかも!ここのお茶会なら誘われたいわね。」


クリスタのとんでもない考えに、ハンナは心底呆れて頭を抱えたい気持ちになっていた。



「そんな基準で一生の伴侶をお決めになってしまって…もしお相手が、太っていて禿げていて目つきが悪い人だったらどうします?」


「別にいいよ。だって、不人気の相手の方が、ハマった相手に貢いでくれそうで良くない??」


「クリスタ様…」


ハンナは、クリスタのあまりの言い分に、開いた口が塞がらず、何も言えなかったと同時に、主人の将来が心配で心配で仕方なくなった。


それにしても、こんなものを与えくるセレナ様もかなりの曲者なのでは…と思ったハンナだったが、クリスタがとてもご機嫌だったため、口には出せなかった。



「ほら見て!この、アルトナー公爵家なんて最高じゃない?畜産と漁業もやっていて、隣国との輸入業までやってるわ!さすがは公爵家…。狙いはここね。」


「はぁ。」


ハンナはもはや、ため息に近い相槌しか打てなかった。クリスタは1人ルンルン気分で、ひたすら読み込んでいた。





朝から晩まで、セレナにみっちりとしごかれ、空いた僅かな時間で貴族図鑑を読み込んで丸暗記する、そんな日々がしばらく続いた。


食べ物に対する執着が尋常ではないクリスタは、途中で根を上げることはなかった。毎日毎日、飽きることなく熱心に取り組んだ。





そんな日々を繰り返して、あっという間に4年の月日が流れた。

来年の春には学園に入学することになる。


鬼軍曹の元、根っこから鍛え上げられたクリスタは別人と思うほどに見違えた。



激マズの朝のジュースとバランスの良い食事のおかげか、肌は陶器のように美しく、良く手入れのされた艶のある黒髪、宝石のように煌めくエメラルドグリーンの瞳、その姿は、誰が見ても美少女そのものであった。


圧倒的な見た目の美しさに加え、優雅で堂々とした所作は目を引くものがあった。


指先の動きから、話すときの首や顎の角度、視線の運び方、その細かい動きの全てが、彼女自身を美しく見せるために計算尽くされたものだ。


血の滲むような努力の結果、非の打ち所がない見た目を手に入れたクリスタは、外見だけは向かう所敵なしであった。




「クリスタ様は本当にお美しくなりましたね。どこからどう見ても立派な淑女ですわ。さて、残り1年を切りましたので、クリスタ様が苦手な淑女の会話を徹底的に鍛えていきましょう。」


「ええ、お願いいたしますわ。」


本当は、うげっ!と言いたかったクリスタだったが、今の彼女はそれを堪えて優雅に微笑むことが出来る。



「練習問題を出しますわね。『まぁ、王都では見かけない、斬新なお召し物ですわね、ホホホッ』と言われたら、何と返しますか?」


顔は微笑を浮かべたまま、クリスタは、こういう腹の探り合いみたいなやつ苦手なんだよー!めんどくせぇ!!と心の中で叫んでいた。



「ええと…『新しいデザインを流行らせようと思って昔のものを引っ張り出して来ましたのよ。ホホホホッ』と返しますわ。」


自信満々に言ったクリスタに対し、セレスは、ピキッと顔を引き攣らせた。


長年彼女の指導を受けているクリスタは、うわコレ絶対にあかんヤツだ…と内心冷や汗が止まらなかった。が、もちろん顔は微笑んだままである。



「そんなこと言ったら末代まで笑い物にされますわ。いいですか、貴族社会は見栄の張り合いですの。品位を下げるような発言は絶対に避けて下さい。」


セレスは、射るような冷え切った視線を向けた。それは雇い主には絶対に見せてはいけない、蔑んだ目であった。



「この場合は、『あら、王都はどこを見ても同じようなドレスばかりで、皆さん飽きませんこと?』と返すのが正解ですね。相手はこちらのドレスを見下して言っているのですから、それを逆手に取って相手を陥れることが正攻法ですわよ。周りを巻き込んで同意者を増やすことも、侯爵家という高い身分もを持つクリスタ様には有効な手段ですわ。」


うわ…めっちゃ腹黒な考え…師匠怖っ…他の令嬢もみんなそんなこと考えて会話してるの?そんなことないんじゃないかなー。



「クリスタ様?」

「あ!ええ、とても勉強になりましたわ。さすがは師匠でございますわね。」


真面目に聞いていないことがバレたクリスタは、物凄く圧のある笑顔でセレナに睨まれた。



「今ミスした分と、話を聞いていなかった分で本日の夕飯からはメインとパンを外すように厨房にお伝えしますわね。」


にっこりと微笑むセレナ。



「そんなあああああああああああ!!!!」


品数を減らされたショックで、あっという間に侯爵令嬢の仮面は破れ、素のクリスタが現れてしまっていた。





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