【ホワイトデー特別編】フランツのお返し①
フランツが誂えた邸への引っ越しを間近に控えたある日の昼下がり、クリスタはベッドに寝そべり流行りの雑誌の1ページを食い入るように見つめている。
「これいつも売り切れなの!休日はお店空いてないし、たまに昼休みに学園を抜け出して並ぶけど買えた試しがないんだよ。ねぇ、ハンナ。もうこれ詐欺だと思わない??」
スカートのままうつ伏せで寝転がり足をバタバタとベッドに打ち付けるクリスタ。
新妻となった淑女がやる行いではない。彼女の部屋でお茶を用意していたハンナは大きくため息を吐いた。
「クリスタ様、お行儀が悪いですよ。」
「だって、この虹色カップケーキって食べたことないんだよ!『ふわふわしっとり新食感、無限に食べたくなる年季の入った美味しさ』って書いてあるの!もうこれは一度食べなきゃってなるでしょ!!」
「…いいえ、まったく。」
呆れ果てたハンナは、真っ向から否定するとテキパキと紅茶を淹れ、主人のいない席の前へと置く。
「それほどまでに熱望するのでしたら、フランツ様にお願いしてみてはいかがですか?公爵家なら手に入れられないものなどないでしょう。」
しれっと良い顔で言い放ったハンナ。
フランツへの全幅の信頼はいつの間にか歪曲しており、彼女の中では「有能で便利な人』として株を上げていた。
「何でもかんでもフランツに頼るってのもねぇ…彼しか受け入れられない身体になっちゃったら困る。」
紅茶の香りにつられてふわりと起き上がったクリスタ。
何の気なしに言った言葉だったが、反応したハンナはピクリと眉を動かす。
「クリスタ様…そのような品のないお言葉遣いは一体どこでお覚えに…?」
「え?師匠からもらった『恋愛指南書上級編〜罪深い女の語録集〜』の32ページに載って…」
「その指南書とやら、今すぐ出してください。即刻燃やします。」
「え?なんで??」
クリスタ様になんてことを吹き込んでやがるのかと激昂したハンナの手によって、クリスタが仕舞い込んでいた師匠コレクションは軒並み燃やされることとなったのだった。
***
同時刻、フランツから話があるとカフェに呼ばれたエメリヒは、席に着くなりメニューを手に取った。
「(どうせ)クリスタ嬢のことだろ?」
メニュー表に視線を向けたまま、うんざりしたように言ってくるエメリヒにフランツの周囲が若干冷え込んだ。
「今お前、どうせ…とか思ってただろ。」
「は、はは。そんなこと無いって。大事な大事な幼馴染の話だ。どうした?何かあったのか?」
鋭い眼光で睨みつけられたエメリヒは、愛想笑いと共にすぐに態度を改めた。
「クリスタにお返しをしたいんだが、彼女は何を喜んでくれるだろうか…」
一転、ひどく弱々しい声と表情で呟くように尋ねてきたフランツ。
そんな彼の姿に、エメリヒは大きく目を見開いた。
「は…なんか美味しいものでも与えればすぐによろこびそ、」
「ゲントナー侯爵家は没落を所望か?」
「…いやだから、お前のその手の冗談は冗談に聞こえないんだって。」
またもやフランツに睨みつけられたエメリヒは、怯えた小動物のように背中を丸めて縮こまった。
対するフランツは足を組み替え、優雅な所作で運ばれてきたコーヒーを口にしている。
その整った顔と優美な態度は様になっており、エメリヒは心の中で悪態をつく。
だが、チラリとフランツの表情を盗み見すると、その瞳は不安に揺れており、クリスタのことで本気で悩んでいるように見えた。
長い付き合いのフランツが弱気な姿を見せることはこれまで一切なく、彼が心を動かすのはいつだってクリスタ絡みのことであった。
そんな彼の一面を知った今、本気で頭を悩ませるフランツのことを放っとけるはずが無い。
「今王都の貴族女性の間で流行っている物を、クリスタ嬢に好むものにアレンジしたらいいんじゃないか?」
エメリヒからの提案に、フランツはすぐさま顔を上げ、まつ毛の長い宝石のような瞳をひとつ瞬かせた。




