【バレンタイン特別編】チョコな話②
「へ?」
表情を失くして暗い影を落とすフランツとは対照的に、ひどく呑気な声で聞き返したクリスタ。
なんでそんな真面目な顔で聞かれているのか、そもそも『スキナヤツ』とは何なのか、新しいおやつの名称か何かなのか、色恋ごとに無縁の彼女の頭の中では上手く語彙が変換されない。
本人は能天気な顔で見返しているだけだったが、フランツにとっては純真無垢な瞳で見つめられているようにしか思えない。
変に勘繰ってしまった己の愚かさに抑えきれないほど腹が立ってくる。
馬鹿か俺はっ…
クリスタのことを疑うような真似をして、彼女にあんな顔をさせて…そもそも彼女の心はまだ手に入れていないというのに、自身の怠慢を棚に上げ、他の者に妬くなど、決してあってはならないことだ。
こんな体たらくでは、せっかくほんの僅かに近づいたクリスタの心が離れていってしまう…
あんなにも欲しかったものが手に入れられる距離にあるというのに、俺はどうしてこう無駄なことばかりして、何一つ変えられないんだ。
大体、彼女の心が誰に向いていようとも側にいたいと望んだのは俺自身のはずなのに、それを独占したいなんてそんなことを俺は…
自己嫌悪に染まるフランツは、クリスタの肩に顔を埋めるようにして項垂れている。彼女に合わせる顔がないと思ってしまっていた。
今すぐいなくなりたいほど己のことを恥じているというのに、クリスタから離れられないという心の矛盾がフランツを襲う。
自分の肩に頭を預けて動かなくなったフランツに、クリスタは内心焦っていた。
あ、れ…?フランツ動かなくなっちゃったんだけど…私なんか知らずに地雷でも踏んだかな?
もしかして、温厚な奴がキレると怖いってこういうこと!?え、どうしよう………私、フランツに見放されたら生きていけない。生命の維持は出来ても、美味しいものがない世界なんて生きる意味はない。
せっかく得た第二の人生、嫌な奴らも軒並み蹴散らしたのに、こんな人生のご褒美目前でまたリタイアするなんて絶対にいや。
なにか、なにか方法を考えないと…
フランツの気を引けるような良いものがあれば良いんだけど。私だったら美味しいけスイーツを目の前に出されれば大抵のことはどうでもよくなっちゃうんだけだどな…って、今私良いの持ってるじゃんっ!!!
真っ赤な小箱を手にしたままフランツに連れられてきたことを思い出したクリスタ。
自分なら絶対にこれで機嫌が治る!そう思って、肩に乗るフランツの顔を無理やり上げさせると、目の前に赤い箱を突き出した。
「これっ!!私の気持ちっ」
クリスタは力強くフランツの胸に当てるはずが顔面を殴打する勢いで彼の横っ面にぶつけてしまった。
一瞬血の気が引いたものの、師匠からの命令は絶対であった彼女は、指定されていた通り決め台詞と共に潤ませた瞳であざとく上目遣いをする。
小箱で顔を殴られる形になったフランツは、頬に手を当て大きく目を見開いた。
いっ……これマズイんじゃない…??
フランツの機嫌を取り戻すどころか殴ってしまった…人のことを殴っといて上目遣いで押し切るとか礼儀知らずにも程があるって………師匠の言葉を信じたけれど、これはさすがに間違ったわ…どうやって挽回しよう……いや無理だろ。
うう…今度こそ詰んだか、、
「俺に、くれるのか…」
「あ、うん、もちろん!出来ればひと口くらい味見してみたいなーなんて思ってたけれど、いいよ。全部上げる。」
後半は本音がダダ漏れであったが、フランツは気にせずリボンを取り払う。
そのリボンを片手で器用に折りたたむと大事そうに胸ポケットに仕舞い込んだ。
そして、慎重な手つきで細心の注意を払い小箱の蓋を開ける。
中から現れた、ハート型のチョコを見たフランツは手で目元を押さえてクリスタから顔を晒すと、何かを堪えるように上を向いた。
「フランツ…?」
「情けない姿を見せてしまってすまない…クリスタからこんなにも想いが詰まったものをもらえるだなんて想像すらしたことがなかったんだ。…今すぐ死んでも後悔はない。」
「ちょっと!!!」
物騒な発言をするフランツの腕を取り、彼の顔から無力づくで引き剥がすと、クリスタは眉を吊り上げて怒った顔を向けた。
「貴方に死なれたら私の美味しい人生はどうなるのっ!!勝手に置いていかないでよっ。」
「ちょっと待って…クリスタが可愛すぎて辛い。心臓が止まりそう…本当にもう俺は死ぬのかもしれない…」
「はぁ!?」
眉を吊り上げ頬を膨らませ、ほんのり赤くなった頬で喚くクリスタのことが愛おしくてたまらなく、フランツは胸を押さえている。
今にも膝から崩れ落ちそうだ。
「もうわけが分からない!でももう元気そうだからこれはいらないよね。私が食べてあげる。」
「いいよ。」
そう言いながら、クリスタよりも速く指でハートのチョコを摘むフランツ。彼女に向かってにっこりと妖艶に微笑む。
そのまま手で食べさせにくるかと思い身構えたクリスタだったが、すんなりと彼女に手渡してくれた。
「ど、どうもありがとう。」
じっくりと熱い瞳で見つめられながらも、欲求に負けたクリスタはゆっくりとチョコレートを口に運ぶ。
フランツの手を介したせいもあり、食べ頃の溶け具合になっていた。
「んっ。甘くておいしい…!って、え!!?」
至福の表情でチョコレートを満喫するクリスタの手を掴むフランツ。
驚くクリスタのことを無視して、先ほどまでチョコレートを摘んでいたクリスタの指を口に含み、指に残っていたチョコを舌でしっかりと舐め取る。
「きゃああっ!!!」
指に感じた生暖かい感触に、堪らず悲鳴をあげて手を引っこ抜いたクリスタ。
顔を赤くする彼女に、フランツは至高の表情でクスッと笑みをこぼす。
「物凄く美味しかった。今まで食べたどんな物よりも。」
「!!」
幸せ顔で瞳を潤ませるフランツに、さすがのクリスタも耐えきれずに顔を逸らした。
「変なことばかり言ってるともう二度とあげないんだからっ!!」
「それは困る。しかし、俺以外の誰かにあげるものだとばかり思っていたから、こうして今もらえただけでも奇跡のようで…」
「は?なんで私がフランツ以外にあげるの?」
この世の理であるが如く、きっぱりと言い切ったクリスタ。
予想もしていなかったクリスタの言葉に、フランツは今にも呼吸が止まりそうになっている。
「く、クリスタが俺だけを求めているだと?今のは俺の妄想か幻聴か…もし仮にそうだとしても、俺の高鳴る鼓動に変わりはない。こんなにも幸福だとは…死後は地獄に堕とされるに違いない。しかし、ロクな死に方をしないのだとしても、俺はこの刹那の悦びでこの先何百年、いや何千年と幸福な魂を持ち続ける事ができるだろう。」
「ええと?よく分からないけど、フランツ以外にあげても意味ないからさ。」
さすがに夫がいる身で他の人の財布の紐を緩めても仕方ないし。だからこそ、決めた相手から徹底的に頂戴しないとだよね!師匠に他の方法も伝授してもらわねばっ…って、なんか様子おかしくない???
先ほどまで自信満々にクリスタのことを見つめていた男はどこへやら、今は壁におでこをつけて両腕をだらりと下げている。
「クリスタ可愛い、クリスタ好き、好きすぎて可愛すぎて結構もうしんどい、ちょっともう本当に死にそう…でもクリスタにならそれも悪くない…一層のことこのまま二人で…」
「うわ」
壁に向かってぶつくさ言い続けるフランツに狂気を感じたクリスタは、バレないようにそーっと後ろを振り返りその場を後にした。
そして、ちゃっかりしっかりと残りのチョコが入った箱を手にしていたクリスタ。
結局残りのチョコレートを独り占めしたクリスタがほろ酔い状態になり、フランツのことを更に骨抜きにしたのはまた別のお話。
結局最後はいつもの二人でした笑
はっぴーばれんたいん(´∀`)




