その後の二人⑥
「まぁ、貴女がフランツ様のお相手の?」
派手な扇子で口元を隠し、やらしい笑みを浮かべた金髪縦ロールの令嬢がクリスタに話しかけてきた。後ろには二人の令嬢が控えている。
フランツは今食事を取りに席を外しており、その瞬間を狙って声を掛けてきたのだ。
…皆まで言えや。
途中で言葉を止めて相手に答えを促すという無礼な振る舞いに、クリスタは心の中で悪態をついた。
「ええ。フランツの妻の、クリスタ・アルトナーにございますわ。わたくし、貴女方のことを存じ上げませんの。お名前を頂けるかしら?」
相手のことを知らないといいつつ、クリスタはワザとタメ口で尋ねた。
『貴女達のことよく知らないけど、でも絶対うちより格下でしょ?』という意味が込められている。
「まぁ、公爵家ともあろう方が、他の貴族のことをご存知無いなんて驚きですわ。そのような教養もなくてどうやって公爵家に受け入れてもらったのでしょうね。」
縦ロールは、ワザとパチンっと音を鳴らして扇子を閉じた。怒っている様子を演出しているようだが、そんな小手先の技がクリスタに効くわけがない。
はぁ!!?そもそも格下のクセに名乗らずに声を掛けてくるお前が悪いんだろ!!どうやって受け入れてもらったかなんて、私が知りたいわ!なんでか知らないけど、フランツが勝手に溺愛してくるんだよ!!なんでも許してくれてアレ意味わかんないだよ!!お前に私の気持ちが分かるかーーー!!!
心の中でブチギレていた。相変わらず、後半は八つ当たりでしかない。
「結婚するためには教養が必要なのですね。わたくし、初めて知りましたわ。必要なことは愛する気持ちだけだと思っていましたの。だから皆さん、学園に通われていますのね。わたくしは学生のうちに結婚してしまって、良く分かっていなかったわ。」
『愛がない結婚なんて可哀想。私は教養なんかなくても愛されているから結婚できたの。しかも、学生のうちに。貴女はまだでしょ?』
眉を下げて見た目弱そうに話しているが、言葉の裏はこのような意味になっている。
クリスタの明らかな挑発に、縦ロールはブチギレ、声を荒げた。
「公爵家に嫁いだからって良い気になって!実家は没落寸前で、借金返済のために公爵家に縋ったくせに!!どうせ金目当ての結婚でしょう!!公爵家だって、貴女が侯爵家だからお飾りの妻に選んだに違いないわっ!!」
鼻息荒く、令嬢とは思えない言葉遣いでクリスタのことを罵ってきた。怒りで汗ばみ、縦ロールの巻きが取れ掛けている。
はいっ、本性出ましたーっ!!
フランツ、君の出番だよーっ!!!
クリスタは、目で待機させていたフランツを、もう良いよと瞬きで席に呼び寄せた。
「誰がお飾りの妻だって?人の愛する妻になんてことを言うんだ。それに、家格が上の相手には下の者から名乗るのが礼儀だろう。教養が身に付いていないのはどっちだ。」
縦ロールに向かって、フランツは冷徹な口調で言い返した。急に現れたフランツと、彼に全て聞かれていた事実に、縦ロールは顔を青くしている。
「こ、これはその…」
言い逃れの出来ない状況であるにも関わらず、縦ロールは必死に弁明しようと口を開けた。だが、言うべき言葉が見つからず、肝心の言葉が続かない。
「こちらのご令嬢は気分が優れないようだ。誰か係のものを呼んでくれ。」
片手を挙げて人を呼んだフランツに、素早く数人の使用人達が駆け寄ってきた。彼の目配せで、縦ロールを連れて行った。
フランツはくるりと軽やかにクリスタの方を振り向くと、いつもの優しい微笑みを向けてきた。
「クリスタ、君の好きなものを用意したから一緒に食べよう。」
「まぁ、嬉しいですわ。」
フランツの豹変にもう慣れたクリスタは、違和感を覚えることなく素直に頷いた。
テーブルに並べられた料理の数々に、胸のときめきがたまらない。
どれから食べようかなとフォークを宙に浮かせて悩むクリスタに、フランツがにっこりと微笑み掛けてきた。
「俺はクリスタのこと、お飾りの妻なんて思ってないからね。」
「ん…??」
「クリスタは上部だけの夫婦とか思っているかもしれないけど、いつだって俺は本気だからね。」
「えっと…?」
フランツの言わんとしていることが全く分からず、クリスタはただただ彼の笑顔の圧力に動揺していた。
「いずれは、夫婦らしいこともしたいって思ってるってこと。」
「は…………」
「さあさ、早くお食べ。」
「………」
そんなこと急に言われて食べられるかーー!!私の至福の時間を返せっ!!このタイミングで変なこと言ってくるなよ!こんちくしょうっ!!こうなったら、公爵邸に戻ってからたくさん食べてやるからな!!!!
にっこにこの笑みのまま、手でクリスタの目の前にある皿を示してくるフランツに、心の中で叫んでいた。もちろん、顔には得意の微笑を浮かべたままで。




