その後の二人③
「おかしいわ…おかしいわよ、こんなの…貴女ちゃんと調べたの!?言われるがままになってるんじゃないわよっ!!この、能無しめ!」
「も、申し訳ございません…」
床に這いつくばって謝罪をする使用人の女性に、カトリンは激昂し、叱責の言葉をやめない。
ベルツ侯爵家の現状に焦るカトリンは、毎日のように、こうやって使用人達に当たり散らしている。
クリスタと暮らしてきた時となんら変わっていなかった。
「な、なんなのよ…こんなはずじゃなかったのに…アイツがここに来てからおかしなことばかり…なんでいつもいつも…私の邪魔を…」
ワナワナと震える手で花瓶を持ち上げたカトリン。
彼女の目は虚で、自分が何をしようとしているのか理解していない。振り翳した手を使用人に向けた。
「お、おお、おやめ下さいませっ!!」
カトリンがやろうとしていることを悟った使用人は、悲鳴のような声で必死に止めるよう懇願した。目の前に突き付けられる恐怖に、瞳からは涙が溢れている。
だが、我を忘れているカトリンに、その声は届かなかった。
「煩いーーー!!!!」
ガシャーーーーーーンッ!!
「きゃあああああっ!!」
花瓶が床に叩きつけられ、ガラスの割れる音が響いた。
幸い、使用人に当たることは無かったが、自分のすぐそばで砕け散ったガラスの破片に、顔を真っ青にしている。
フランツがベルツ侯爵家に来たあの日から、ベルツ家と取引していた面々が一斉に応じなくなった。
何を言っても、「出来ません」の一点張りで、ベルツ侯爵家は生産物の売買ルートを失ったのだ。
それでもなんとか物を金に変えようと、別のルートを探したり、市井に卸したりもしていたのだが、とうとう、生産に必要な肥料や苗まで各所から売ってもらえなくなった。
畑仕事が出来なくなる現状まで追い込まれた働き手達は、元々金払いの悪かったベルツ侯爵家に見切りをつけ、自ら去っていった。
もちろんこれらは全て、フランツの仕業だ。
クリスタに対するベルツ家の仕打ちにキレた彼は、公爵家の名を使ってベルツ家の取引先に圧力を掛け、ベルツ家に勤めていた者達には、より待遇の良い働き先を紹介してベルツ家と縁を切ることを推奨した。
その結果、領地からの税収が減り、領地で働く者や使用人達がバタバタと辞めていった。
貴族社会では、ベルツ侯爵家は没落寸前だという噂が流れている。
「何の騒ぎだ。」
滅多に執務室から出てこないエハルトが悲鳴の聞こえた部屋に現れた。凍てついた目で部屋の中を見わたす。
「も、申し訳ございません、旦那様。」
使用人が床に手と額をつき、謝罪の言葉を口にした。その隣でカトリンも立ったまま頭を下げている。
二人とも、恐ろしくてエハルトの顔を見ることが出来ない。
「カトリン」
「ひっ…な、何でございましょう…」
エハルト様が自分の名を呼んでくれるなどいつ振りだろうか…
現実逃避気味にカトリンは頭の中でそんなことを思っていた。
「手は打った。時期に改善する。」
「それはどういう…」
カトリンは信じられなかった。
恐らくは意図的に四方八方を塞がれたこの現状、それに対して打破できる術などあるはずがない、そう思っていたからだ。
だが、エハルトは違った。
まだ手を残していたのだ。ただし、それは絶対にやってはならないことであった。
エハルトの瞳が仄暗い光を宿している。
「皆が欲しくて堪らないものを世に流せばいい。幸いなことにうちにはそれがある。そうだな…まずは平民街にでも流すか。一度味わえば、常に欲しがり、二度と抜け出せまい。これは金になるぞ。」
エハルトはどこか遠くを見ながら、恍惚とした笑みを浮かべていた。
その光景に、カトリンは戦慄が走った。微笑みを浮かべながら、禁忌を犯そうとするエハルト。そこには人としての何か大切なものが欠落していた。
しかし、カトリンにそれをやめさせる術は無い。金がない以上、自分も今の生活を維持するために、エハルトに加担せざるを得なかった。




