その後の二人①
いつもの白パンに、いつもの燻製のハムに、いつものサラダに、いつもの野菜スープに、いつものカットフルーツ。変わり映えのしない朝食が並んでいる。
見栄えが良く豪華な品々に見える朝食だったが、クリスタは、毎日続く偏ったメニューに辟易としていた。
食後の紅茶も香りが薄く、舌に雑味が残る。人生で最も大好きな食事の時間を終えたばかりだというのに、クリスタの表情は暗い。
「ハンナ!最近うちのご飯おかしくない!?いっつもおんなじなんだけど!紅茶も質が落ちたし!あんなの、ただの色の付いた水だわっ!!」
自室に戻ったクリスタは、ベッドの上で足をばたつかせてハンナに文句をぶちまけている。一応他の使用人達にはまだ猫をかぶっているつもりのため、ここでしか吐き出せないのだ。
怒りを露わにするクリスタに、ハンナは眉を下げて申し訳なさそうな顔をした。言いにくそうに、重い口を開く。
「その…カトリン様がこちらに流す資金を大幅に削減しているようで…これまでのように食費にお金を掛けることが難しいようでして…」
「またアイツか…いっつも邪魔ばかりしやがって…この前、手加減すべきじゃなかったわ。心を折り切ってやれば良かった。」
鬼の形相でキレまくるクリスタに、ハンナの顔が引き攣っていた。
先日、ベルツ侯爵領に来たクリスタがぶつけてきた嫌味に、カトリンは後からふつふつと積年の恨みが込み上げ、クリスタへの送金を制限するという大人げない仕返しに打って出たのだ。
「クリスタ様は、アルトナー公爵家にお嫁に行かれたのですから、フランツ様にご相談されてみてはいかがです…?」
フランツの紳士な一面しか見ていないハンナは、正式に結婚した後は彼に全幅の信頼を置いていた。彼の腹黒さになど微塵も気づいていない。
「たしかに!そういえば私、フランツの嫁だったわ!明日お願いしてみる。」
「は、はぁ…」
キラッキラの笑顔で「お願いする」と言い切ったクリスタに、ハンナは嫌な予感しかしなかった。一体何をお願いするつもりなのか、不安しかない。
「おはよう、クリスタ。」
制服姿のフランツがクリスタの家まで迎えに来た。結婚した日から毎日続けている。
「おはよう、フランツ!ちょっとお願いがあるんだけどっ!」
「ふふ、相変わらず可愛いな。そんな必死な顔で頼まれたら嫌だなんて言えないな。話は馬車の中で聞こう。」
相変わらずクリスタに甘いフランツは、彼女に頼られたことが嬉しすぎて話を聞かずに了承した。
公爵家の馬車の中、いつものようにクリスタの隣に並んで座ってきたフランツ。すぐ隣に座るクリスタの腰に腕を回し、必要以上に密着してくる。
ようやくクリスタを妻に迎え入れられたフランツは、まだまだ頭の中がお花畑であった。
一方のクリスタは、腰に回されている腕を気にする気配もなく、さっそく『お願い事』について話を切り出した。
「ねぇ、フランツ。ベルツ侯爵家を潰してくれない?」
『今日のランチは外にしない?』と言うような気軽な口調であった。自分の家を潰してと頼んでいるような殺伐とした雰囲気はない。
爽やかな朝、自分の妻から発せられる物騒な言葉に、フランツが顔を顰めることはなかった。むしろ嬉しそうな表情を浮かべている。
「ああ、ちゃんと準備を進めている。あとは時間の問題だから安心して。」
クリスタの髪を撫で、にっこりと微笑んだ。ここにエメリヒがいたら悲鳴を上げていそうな黒い笑顔であった。
「さすがだわ、フランツ!ありがとうっ!」
間近で見せられるクリスタの満遍の笑みに、フランツは思わず顔を晒した。
見た目だけは抜群に良いクリスタ、彼は彼女の姿にまだまだ慣れていなかった。
不自然に顔を背けるフランツに、クリスタは不思議そうに首を傾げた。
キョトンと目を丸くさせた表情はとても愛くるしい。
「ちょっと無理かも…慣れたと思ったのに…情けない…」
「えっ??」
顔を背けたまま消えてしまいそうなほど小さな声で呟いた言葉は、クリスタの耳に届くことはなかった。
「フランツ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
「ん?なんだい?」
自分に聞きたいことがあるなんて…とクリスタに興味を抱かれたことが嬉しく、すぐさま彼女の方を振り向き、打って変わって嬉々とした表情を向けた。
「私たち、一体いつから一緒に住めるの?」
「は………………………………」
純真無垢な表情でとんでもないことを聞いてくるクリスタに、フランツはものの見事に固まった。
続編と番外編の間くらいの話を書き始めました。
続きを書こうか迷っていたのですが、気付いたら増えていたブクマを見て、即決しました。現金な、いか人参です笑
引き続きよろしくお願いします!




