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腹ごしらえと第二ラウンド


クリスタはハンナに、ちょっと食べ物取ってくるわーと気軽に言うと、足取り軽く部屋を出た。彼女が真っ先に向かったのは厨房だ。



「子どもの足だとかなり遠く感じる…はぁ…それにしてもこの身体、体力無さすぎ…はぁ…」


痩せ細った身体で昨日から碌なものを口にしていないクリスタは、息を切らしながら一歩ずつ足を進めた。

幸いなことに、朝の動乱で片付けやカトリンのご機嫌取りに追われているのか、すれ違う人の姿は無かった。




「やっと着いたぁ…はぁはぁ…」


ようやく厨房の前まで辿り着いたクリスタは、周囲を見渡し、人がいないことを確認した後、裏口へ回った。

ここは、仕入れ先が食材を搬入する場所だ。そろそろ今日の分が運ばれて来るだろうと睨んだクリスタは、裏口の横に座り込んだ。膝を抱え、顔を伏せ、人が来るのを待つ。




ガタガタガタガタガタガタ…


待つこと数分、クリスタの狙ったとおり、こちらに向かって来る馬車の音が聞こえた。その音はどんどん近づき、やがて止まった。

バタッと勢いよく荷馬車のドアを開ける音がした。



来た…



クリスタは、膝を抱えて顔を伏せたまま、シクシクと泣き真似を始めた。


「うぅ…私がお義母様のことを怒らせてしまったから…ぐすんっ…私は要らない子、だから…私がいけないのよ…私なんて…」



いつもと同じように裏口から食材の搬入を行おうとした業者は、裏口へ続く階段のすぐ隣で蹲って泣いている少女を見てギョッとした。


一瞬気になったものの、侯爵家の面倒ごとに巻き込まれたくねぇなと気付かないふりをして、そのまま横を通り過ぎることにした。

だが、上着の裾を掴まれて強制的に足を止められた。



「はぁ?」


驚いて掴まれた袖の方を見ると、ぱちりと泣いていた少女と目が合った。



「ねぇ、私は要らない子だからご飯もらえないの?お腹空いたよぉ…もうやだよぉ…」


まつ毛の長い綺麗は瞳を向け、必死に空腹を訴えて泣きついてくる少女に、男は罪悪感を抱かずにはいられなかった。

関わるつもりなど無かったのに、つい言葉を返してしまった。



「お嬢ちゃん、腹減ってるのかい?」


少女はこくこくと頷いた。

改めて彼女の姿を見ると、頬は痩せこけ、鎖骨は浮き出ており、栄養失調であることが簡単に見て取れた。



「ああもう、仕方ねぇな…」


頭を掻きながら言い捨てた男は、諦めたようにガサゴソと搬入しようとしていた箱の中を漁り出した。

いくつか見繕った男は、ほらよと袋に入れて差し出した。



「俺からもらったって絶対に言うんじゃねぇぞ。侯爵に目を付けられたら俺は生活出来なくなるんだからな。」


「おじちゃん、ありがとう!!大切に少しずつ食べるね。本当にありがとう。」


男からもらった袋を両手で抱きしめて、涙を流しながら喜びを露わにする少女。

そんな彼女の姿を見た男は、らしくないけれど、こんなに喜んでもらえたならまぁいいか…と自分のしたことに納得をしていた。


じゃあなと片手を挙げて足早に仕事に戻って行った。



「ありがとう、おじちゃん。またよろしくね。」


クリスタは打って変わって、にっこにこの笑顔で聞こえないように男の背中に向かって呟いた。





「すごーーーい!!予想よりもかなり多い戦利品!!こんなに沢山嬉しいーーー!!!」


「クリスタ様、どうやってこんなに食べ物を…?」



部屋に戻ったクリスタは、勝ち取った戦利品の数々をベッドの上に並べた。

クラッカー、ジャム、チョコレート、ビーフジャーキー、瓶詰めのピクルス、バケット等日持ちのする食料に加え、オレンジジュースまで入っていた。



「へへへ。子どもの権力を存分に使った結果よ!これでとりあえず一週間は過ごせるか…なるべく早くアイツを追い出さないと。いつまで経っても美味しいものにありつけないわ。」


「なんというか、クリスタ様…いつの間にか随分と逞しくなられましたね…」


彼女の図太さに、ハンナは若干呆れていた。



「ん?何か言った?あぁ美味しー!!久しぶりに甘いものを食べたわ!!」


クリスタは早速もらったチョコレートを頬張っていた。

ゆっくりと味わってから飲み込むと、ちらりと時計を見て、わざとらしく驚いた声を出した。



「あぁもうこんな時間!いつもの朝の掃除に遅れてしまうわ!今朝のこともあるし、今日はいつより心を込めて掃除をしてくるね。もう大丈夫だから、ハンナも自分の仕事に戻って!」


ふふふと笑って部屋を出ていくクリスタは、また何か悪巧みをしてそうな黒い笑顔を浮かべていた。



「大丈夫でしょうか…」


不安そうなハンナの声がぽつりと聞こえた。

 



クリスタは、カトリンから邸の掃除を言い付けられている。

これも淑女教育の一環だとか、訳のわからない理由を付けて強制させている。使用人に混ざって仕事をするなど、令嬢としてあり得ない。そんな彼女の姿を馬鹿にしてカトリンは笑って楽しんでるのだ。



いつものように、バケツに入れた水と雑巾を持って廊下へと向かった。

使用人達の間に混ざって、部屋着のワンピースのまま膝を床につき、雑巾をバケツの水につけ、丁寧に絞る。



「いたいっ!」


勢いよくバケツの中から手を出すと、包帯の巻いている箇所を押さえ、痛みに顔を歪ませた。


「痛いよぉ…でも、ちゃんと掃除をしないと、またお義母様にひどいことをされてしまうわ…うぅ…」



クリスタは手を押さえたまま、ぐすぐすと泣き始めた。

だが、実際は全く痛くない。ハンナに大袈裟に包帯を巻くように指示したのだ。周りから見れば、相当の怪我に見える。


クリスタは、泣き真似をしつつ、カトリン来ないかなぁーと薄目を開けて周囲を気にしていた。



ぐすぐすと泣き続けるクリスタをさすがに可哀想だと思った使用人達は、声掛けようかどうしようかと、掃除の手を止め、クリスタの様子を伺っていた。


「ちょっと!お前達、何をサボっているのよ!!」



真打ち登場ーーーーーーーー!!!

待ってましたーーーー!!


顔には一切出さず、クリスタは心の中だけで、小躍りして喜んでいた。



「また、お前が悪さをしてたのかい?」


腕を組んだカトリンは、クリスタに近づき、キツイ目で床に膝をついている彼女のことを見下ろしてきた。



「ハッ!!」


クリスタは、またカトリンの顔を見て、思い切り馬鹿にしたように鼻で笑った。もちろん、他の者には見えない角度で。



「なっ…」


怒りのあまり、瞬時に言葉が出て来なかった。

今にもブチギレそうなほど、カトリンのこめかみには青筋が立っている。



「ごめんなさい…お義母様、私が悪いんです。使用人の皆さんは私のことを心配してくれただけなんです。朝痛めた手が痛くて…それを我慢できなくて声に出してしまって…」


堪えるように目に涙を溜めたクリスタは、床に膝をついたままカトリンに向かって頭を下げた。



「だから他の人のことは怒らないであげてください…私のご飯は無くていいから…罰は私だけにしてください…ごめん、なさい…」


涙を堪えるように声を振り絞って、謝罪の言葉を口にしたクリスタ。

10歳の子どもが身を挺して必死に自分達を庇う姿に、皆言葉を失った。



自分達は、こんな純粋に思ってくれている女の子に対して、なんてひどい仕打ちをしていたのだろう…もっと早く手を差し伸べていれば…


皆、硬い表情のまま手を握りしめ、これまでの行いを悔いて恥じていた。




「お、お前は!!!人を馬鹿にするのも大概に…」


「あの、か、カトリン様…お嬢様は何も悪くはこざいません…私達が勝手に手を止めてしまっただけです…どうか、これ以上お嬢様に厳しくすることはおやめ、ください…ませ…」


使用人のひとりが勇気を振り絞って抗議すると、他の使用人達も同意するように頷いて、意思ある目でカトリンのことを見た。



「な、なんなのよ、お前達まで!!こんなことをして…クビになりたいのか!!!」


「お義母様!皆さんは侯爵家のためによく働いてくれていますわ!クビにするなど、どうぞおやめくださいませ!!」


「うるさい!!!お前が口答えをするな!!!」



ーーーパチンッ!!



「きゃああああああああああ!!!」


頬をぶたれたクリスタは座った状態から床に倒れ込んだ。



よっしゃあああああああああ!!!!

皆の前で決定的な証拠を頂きましたーーー!!



赤く腫れる頬を押さえ、切れた唇から血が流れて涙をも流すその様からは想像もつかないクリスタの心の内であった。






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