撃退
「おはよう、クリスタ」
「おはよう…?フランツ…??」
昨日は休んでしまったから今日は早めに学園に行こうと馬車まで向かうと、そこにはなぜか制服姿のフランツがいた。
彼の後ろにはアルトナー公爵家の馬車が止まっている。
今日は特に約束なんてしてなはかったはず…
ワケが分からず、キョトンとした顔でクリスタがフランツのことを見つめると、彼は照れたように笑った。
「ふふ、俺の奥さんは今日も可愛い。朝から幸せな気分になるな。」
「へ…?オクサン…??」
「昨日王宮に提出した結婚の書類は無事に受理された。晴れて正式な夫婦になったんだ。これで誰にも邪魔はさせない。」
フランツはクリスタに近付くと、彼女の髪を手に取りキスをした。
「えっ…は…えっと、よ、よかったね?というか、早過ぎじゃない!?実感が湧かないわ…」
いきなりのキスに動揺したクリスタは、自分でもよくわからない言葉を口にしていた。
念願の美味しいもの生活は嬉しいけれど、奥さんという言葉に、気恥ずかしいような、くすぐったい気持ちがした。
「ああ、公爵家のコネを使ったから。こういう時のためのアルトナー公爵家の名だからね。それと…」
フランツは口元に手をやると、怪しい笑みを浮かべてクスッと微笑んだ。
「夫婦の実感なら、すぐに感じさせてあげるから、早く馬車に乗ろう?」
妖艶な笑みで微笑む姿は、怪しさ満載であった。爽やかな朝日の下、制服姿で佇んでいるだけなのに、フランツからは溢れんばかりの色香が漏れ出ていた。
「は!?いや、別にそうしたいワケじゃないから!普通でいいから!私達、利害の一致で結婚してんでしょう?だからほら、仲間として上手くやっていこう!ね!!」
直感的に、フランツに捕食される恐怖を感じたクリスタは、自分は餌じゃないアピールに必死になった。
が、そんなことがフランツに通用するわけもなく…
「俺はそんなつもりは一切無いけれど?もちろん、無理強いはしないけど、クリスタの心を手に入れる努力は加減しない。妻を愛するのが夫の役目であり使命だからね。」
彼の甘さは増す一方であった。
これまでよりも遠慮が無くなった気がする彼の態度に、クリスタは返す言葉が見つからなかった。
「とりあえず…学園いこ、学園…勉強も大事だからね…はは…」
フランツの甘さにやられた頭で、クリスタは現実逃避をした。
「やぁ、クリスタ。おはよう。」
公爵家の馬車をフランツとともに降りると、ヨークが待ち構えていた。
早朝から、クリスタが来るのを待っていたのだ。
「俺の妻に何の用だ?」
クリスタを庇うように、一歩前に出ると、フランツは殺気を込めた目で睨み付けた。
『俺の妻』という言葉とフランツの殺気に、ヨークは一瞬言葉を失った。
「は…?何を勝手なことを…僕はちゃんと侯爵の許可をもらって…」
フランツはヨークの言葉を無視して、カバンから結婚証書取り出すと、ヨークに見せ付けた。
「なんの話をしているのか分からんが…これが証明だ。金輪際、クリスタのことを名前で呼ぶな、話しかけるな、彼女の視界に入るな。」
遠回しに消えろと言ってきたフランツ。ヨークは己の矜持を傷付けられ、怒りに震えていた。
「どうせお前は騙されてるんだ!そんな女、こっちから願い下げだ!!」
怒りのまま、またもや最低な捨て台詞を吐き捨てた。
クリスタに対して非礼過ぎる彼の発言に、ブチギレたフランツが拳を握りしめ、振り上げた。だが、振り下ろす直前、クリスタが手を上げて制止させた。
「誰でもいいとしても、お前なんか誰が選ぶかよ。いい加減にしろよ。勝手なことばっか言いやがって。二度と私に絡んでくるなよ、このニセ貴公子が。」
「は…ひ…」
クリスタはいつもよりも低い声と冷え切った瞳にありったけの憎しみを込めて吐き捨てた。
クリスタの突然の変貌に、ヨークは言葉を失った。
目の前で起こったことが信じられず、脳の処理が追いつかない。
ようやく状況を理解した頃、彼の頭は恐怖に埋め尽くされた。令嬢からこんな言葉が出てくることが信じられなかった。しかも、それが自分に向けられている。
「さすがは俺の奥さんだ。」
「ちょっと!!」
フランツは、ヨークのことなど一切視界に入っておらず、いつもの甘い雰囲気で後ろからクリスタのことを抱きしめて来た。
啖呵を切った姿を目の当たりにしても尚、変わらないクリスタへの愛で溢れている。
「な、なんなんだよ…っおかしいだろ、こんな…侯爵令嬢がこんな言葉を吐いて、なのに、それでもこんな女が良いって…お前らは一体…」
「たしかに…フランツの頭はちょっとおかしいわ。」
「狂おしいほどクリスタのことを想っているという意味では、認めざるを得ないな。」
「はぁ…」
何を言っても口説いてくるフランツに対し、クリスタは呆れてため息を吐いた。
そんな二人のやり取りに、ヨークは完全に引いていた。
「お前らになんかもう二度と関わるか!こっちまで頭がおかしくなる!!」
常軌を逸した二人の会話についていけず、頭が混乱したヨークは逃げるように去っていった。いや、文字通り逃げていった。




