アルトナー公爵家
「まぁ、いらっしゃい。よく来てくれたわね。」
公爵邸の玄関で使用人に混じって笑顔で出迎えてくれたのは、フランツの母であった。
腰まで伸びた長い髪はウェーブが掛かっており、彼女の人形のような整った顔立ちにとてもよく似合っていた。
「母さん、こちらが俺の婚約者のクリスタ。今すぐ婚姻届を出したいのだけど、父さんは執務室?」
「ちょっと、フランツ。私初めてクリスタさんとお会いするのよ。ちゃんと挨拶をさせなさい。」
少女のように可愛らしい顔で眉を吊り上げて怒っているがちっとも怖くない。
クリスタは愛らしい彼女に見惚れていた。
「初めまして、ベルツ侯爵家のクリスタにございます。本日は急なことにも関わらず、このように歓迎下さり、誠にありがとうございます。」
クリスタは軽く微笑むと、優雅に一礼をした。フランツの母は、その美しい所作に、淑女教育を真面目に受けていた結果だろうと感心していた。
「まぁ!こんな素敵なお嬢さんがフランツのお嫁さんになるなんて、夢みたいだわ。ふふ、良かったわねフランツ。捨てられないように頑張りなさいよ。」
「母さん…絶対に何があってもクリスタのことは逃がさないから安心して。」
フランツは、仄暗い瞳をキラリと輝かせて、にっこりと微笑んだ。
「頼もしいわね。ふふふ、相変わらず父親そっくりね。ラトルさんの若い頃を思い出すわ。」
は。。。。。。
なんかこの話の流れおかしくない???穏やかな雰囲気にそぐわない鋭利な言葉たちに違和感半端ない……………こいうもんなのかな…?
「逃がさない=頼もしい」
そもそも、この方程式が全く理解出来ないんだけど……父親もそういうタイプということは、フランツがたまにチラつかせるあの闇は筋金入り…???
………………いや、今考えるのはやめとこ。
「で、父さんは?これにサインもらえれば用事は終わるのだけど。」
「サロンで待ってるわよ。これ以上クリスタさんを立たせておくとフランツに怒られちゃいそうだから、行きましょうか。」
茶目っけたっぷりにクリスタに向けてウインクを飛ばしてきた。
少女のようなあどけなさが残る可憐な姿に、クリスタは胸を押さえた。
…このお方むちゃくちゃ可愛いんだけど!
こんなにも魅力的な人なら閉じ込めたくなる気持ちも分かるかも。可愛いし、愛らしいし、人懐っこいし、放っといたら、ふわふわとどこかに飛んでいきそうな危うさがあるわ。
…………はっ!!
ま、まさか…フランツ、私にお母様と同じようなものを求めてたりしない…よね??
あちらは天然でこちらは人工…そんなのぜったい無理だからっ!!
はっとしてフランツの方を見ると、甘さ全開の蕩けるような笑顔を向けてきた。
「ん?」
「な、なんでもございませんわ!」
不意打ちの笑顔に、思わず動揺したクリスタ。これから結婚の許可を貰いに行くことを考えると、いやでもフランツのことを意識してしまう。
ぷいっと横を向いてなんとか誤魔化した。
フランツの母は、そんな二人の姿を微笑ましそうに見ていた。
…トントントンッ
ノックをしたが返事を待たずに、フランツの母はドアを開いた。
気兼ねのないやり取りから二人の仲の良さが伺える。
「ラトルさん、クリスタさん達を連れて来たわよ。」
「ああ、よく来てくれたね。」
書類に目を向けていた男性は、視線を上げて立ち上がった。
フランツによく似た艶のある黒髪に宝石のような青い瞳をしていた。その青い瞳を細め、柔和な笑顔を見せた。
クリスタは、ラトルの温かい声音と優しい表情にホッとし、警戒を解いた。
「父さん、こちらがクリスタ・ベルツ、俺の欲しく欲しくてたまらない相手。」
「…なっ!!?」
至極真面目な顔でとんでもないことを言い出すフランツに、クリスタは目が飛び出しそうなほど驚いた。
一瞬心臓が止まりかけた。
「ようやく相手を見たか。良かったな。」
フランツの言葉に動揺する様子は一切なく、むしろ、よく言ったとばかりに笑みを深くした。
この親子、揃って同じような感覚を持っているようだ。
「クリスタさん、こんな愚息だが、一度決めた相手を裏切るような真似はしない。そこは安心してほしい。フランツのこと、よろしく頼むよ。」
目尻に皺を寄せて微笑んだ。
それはフランツがクリスタに見せる優しい笑顔にそっくりであった。
「そのような…勿体無いお言葉…こちらこそ、不束者ですが、どうか宜しくお願い致します。」
クリスタは深々と頭を下げた。
令嬢としてはやや下げすぎな頭の角度だったが、これ以外に今の気持ちを伝える術が無かった。
「さて、結婚話もまとまったことですし、今日はお祝いを兼ねて我が家で晩餐会にしましょう。クリスタさん、貴女の好みはフランツから聞いてるわ。遠慮せず、好きなだけ食べていってね。珍しいお料理も沢山あるわよ。あ、ベルツ家には遅くなる旨伝えてあるから安心して。帰りもちゃんと送って行くわ。」
「何から何まで…お心遣いありがとうございます。喜んで、ご相伴に預かりますわ!」
クリスタが食べ物の誘いに乗らないわけがなく、元気に了承した。
横にいるフランツは、相変わらずのクリスタの姿に嬉しそうに目を細めていた。
フランツの両親は、そんな二人を見て、安心したような表情を浮かべていた。




