フランツの望み
「えっと…授業が始まるから教室戻る?」
沈黙に耐えきれなくなったクリスタは、先ほどのことを無かったようにフランツに声を掛けた。しかし、そんなこと出来るはずもなく、フランツから待ったの声が掛かった。
「ちょっと待って。さっきの話…」
「あ!ごめんなさい!アレは忘れて!!単なる、なんの意味も持たない独り言だから!」
「いや、そういうわけには…本当だったらすごく嬉しい…から。」
「はぁ???今なんて??」
こんなこと聞かれて絶対に呆れられると思っていたクリスタは、想定外の言葉に目をまん丸にして驚きの表情を浮かべた。
「俺は、クリスタのことが好きだ。」
フランツは、熱の籠った瞳で真っ直ぐにクリスタのことを見つめてきた。
色恋沙汰とは無縁に生きてきたクリスタですら、彼の想いが嘘偽りのないものであることが分かる。
えっ…は……どうしよう…………。そんなつもりじゃなかったんだけど…………いや、そういうつもりだったけどさ……そうではなくて……
「えっと…そのですね……」
クリスタはフランツから目を逸らし、思い切り目を泳がせた。
必死に弁明しようとするが言葉が続かない。
「俺に気持ちがないことは分かっているつもり。それで?俺に何を求める?お金?権力?名声?俺が与えられるものなら何でも与えてあげる。どんな理由でも、クリスタが俺の側にいたいと思ってくれるのなら、それだけで幸せなんだ。この気持ちに嘘はないよ。クリスタは俺に何を望む?」
「…もの」
「え?」
「…美味しいもの」
「は?」
先ほどまでの甘い声音とは打って変わり、いつもエメリヒと話しているような無機質な声が出た。
「私は、美味しいものを食べて人並みに幸せに生きていきたい。ただそれだけ。こんなの自分でも間違ってると思うけど……愛とか恋とかお金とか、美味しいものさえあれば、そんなのは何も要らないの。欲しいとすら思わない。」
クリスタは、視線を足元に落とし、自分にしか聞こえないくらいの声の大きさでポツリと呟いた。それは、紛れもなく彼女の本心であった。
素直な彼女の言葉に、フランツのクリスタに対する熱量はさらに増した。
「良いよ。」
「えっ???」
「君といられるのなら、どんな関係性でも構わない。俺の隣で、美味しいものを食べて笑顔を見せてくれたらそれで十分。いや、十分過ぎるかも…」
「嘘でしょ…」
即答したフランツの返事に、クリスタは驚きを隠せなかった。
ずっと望んでいたことなのに、こんなにも簡単に快諾されてしまうと、逆に不安がよぎる。
「本気だよ。ああでもそうだな…死ぬ間際の一瞬とか、ほんの僅かでも、俺と一緒にいられて良かったって思ってくれたら最高に満足かも。いや…それは高望みが過ぎるか…そもそも俺なんかがクリスタと言葉を交わせていること自体奇跡なのだから、もっとこの瞬間に感謝をしないと…」
「ちょっと!!それはさすがに謙虚過ぎるでしょ!私に望むことは他に無いの!?私はフランツのことを利用しようとしてるんだよ…普通だったら咎められるようなことなんだよ…」
クリスタは自分の言葉で罪の意識を自覚し、後半の言葉は声が震えていた。
自分の思う通りに事が運んでいるはずなのに、胸のざわつきが増していく。
「咎める…?なぜ…?クリスタの幸せのために俺に出来る事があるんだろ?そんな幸せなことはないよ。むしろ御礼を言いたいくらいだ。すっごく嬉しい。」
フランツは、一点の曇りもない無邪気な笑顔を見せた。よく見ると、嬉し涙を堪えるように瞳が潤んでいる。
「そんなの、絶対におかしいから。私は責められるべきなの。そのくらい分かってる…」
「君のことを責めるなんて…そんなヤツいたらどんな手を使ってでも叩き潰す。だからクリスタは安心して、俺の隣で美味しいものを食べて笑顔で毎日を過ごして。それだけが俺の唯一の望みだから。」
駄々をこねる幼な子を宥めるように、フランツはクリスタの頭を優しく撫でた。
子ども扱いされたことに、クリスタは膨れ面をして不服そうにフランツのことを見上げた。
「もうっ、私の食費のせいで家が傾いても知らないからね!」
「そんなことになったら…十分に稼げない俺の責任だな…クリスタにそんな心配をされるなんて…」
「いや、絶対私のせいでしょ!!!」
この後も、クリスタが何を言ってもフランツは彼女のことを悪く言うことはせず、ニコニコと話を聞いていたのだった。
最後は、クリスタの語彙力が底をつき、言葉の応酬は終わりを告げた。




